第四章 夜会 (2)

 王城にはたくさんのランプが置かれたりるされたりしている。庭では大きなかがり火も燃やされている。会場内が明るい分、庭の暗さが際立っていた。会場の外に濃紺の制服の護衛兵士、中には真っ白な制服に金の飾りが華やかな近衛騎士がいた。

 会場内には大きな花のようなドレスを着た女性たちがあふれている。王城での夜会に参加するのは他国のを含めれば今回で四回目だが、今までで一番華やかな夜会だ。さすがは商業王国。

 私たちが会場に足を踏み入れるとすでに会場にいた人々の間に波のようにざわめきが広がり、皆がこちらを見る。さりげなくチラリと見る人もいれば露骨に見てくる人もいる。団長さんはどれだけ人気者なのか。そしてその視線が団長の隣にいる自分にもついでに向けられる。

(さ、お役目の開始ね)

 久々に心地よい緊張感に包まれ、背筋を伸ばして団長の腕に手をかけたまま笑顔で銀髪の大男を見上げた。

「団長さんは男女を問わず人気者なんですね」

「女性と参加したのが十年ぶりだからね。驚かれているんだろう」

「えっ」

 それは聞いてなかった。十年ぶり? この美丈夫が? どういうことだろうか。

「アッシャー卿、久しぶりだな。女性を伴って参加とは驚いたよ」

「ウォールド伯爵、やっとエスコートしたい女性が現れたんですよ」

「お嬢さん、お名前をうかがっても?」

「ビクトリア・セラーズと申します。ランダル王国から参りました」

「そうか、お見かけしたことがないと思ったら隣国のご令嬢でしたか」

 事前の打ち合わせで私は、『隣国に嫁いだエバ様の従妹いとこの娘』ということになっている。

「平民を連れてきたと正直に言えばそこばかり話題になる。それではビクトリアが気の毒だ」

 とエバ様がおっしゃってくれたからだ。

 念のために私は懐に自作のランダル王国民の身分証を忍ばせている。


 挨拶をしていると、二十歳になるかならないかという若い令嬢が連れの男性を引きずるようにして近づいてきた。

(あ、これは用心が必要だ)と思わせる視線の強さに、私はそっとアッシャー氏の腕に合図を送った。アッシャー氏が前を向いたままうなずいた。

「やあ、ギルモア伯爵令嬢、こんばんは」

「アッシャー卿、フローレンスとお呼びくださいと何度も申し上げてますのに。今夜は珍しいことですわね?」

 そう言いながらこちらに向ける視線が、私を上から下まで品定めしている。感じが悪いことこの上ない。しかも表情が伯爵令嬢とは思えないほど品がない。嫉妬のあまりに表情を取り繕うことを忘れているらしい。私は大人の余裕を漂わせるべく、笑顔で無礼な視線を受け止めた。

「ビクトリア、こちらはフローレンス・ギルモア伯爵令嬢だ。ギルモア伯爵令嬢、彼女はビクトリア・セラーズ。隣国の子爵家令嬢です」

「まあ、隣国の」

 自分より身分が下と知ってフローレンス嬢の視線が更に意地の悪いものになる。

 (馬鹿ねえ。そんな性格の悪さ丸出しの顔を意中の人の前でさらすなんて)と思う私。

「ビクトリア・セラーズでございます。アシュベリー王国のご令嬢は皆さんとても上品でお優しいので感激しておりますわ」

「クッ」

 笑いをみ殺したのは団長さんだ。私のいやに気づいたらしい。

「私の大切な女性ひとなんだ。仲良くしてくれると嬉しいよ」

 そう言って団長さんが私の肩を抱き寄せ髪に口づけた。

「なっ!」

 驚いて固まるフローレンス嬢。顔と首が怒りでみるみる赤く染まっていく。

 十年も女性を同伴しなかったという団長さんの仕草に、様子をうかがっていた周囲もどよめく。私も驚いたが、事前の打ち合わせで「とても仲の良い二人を演じてほしい」と言われていたので

「もう、ジェフリーったら」

 と甘い声を出した。少し上半身をひねり、心から喜んでいる表情が他の人にもよく見える角度を選んで団長さんを見上げた。

 すると私を見下ろす団長さんの視線はもっと甘い。(うわぁ)と柄にもなく緊張した。

「では失礼する」

 団長さんがそう告げて目から火を噴きそうな令嬢から離れた。団長さんは私を連れて会場内を挨拶して回るが、まだ縁談を押し付けたがる上司とやらは現れていないらしい。


 やがて王族を代表して王太子殿下が登場された。王太子殿下は金髪へきがんで迫力のある『静』の印象だった。

 簡単な挨拶の後、妃殿下らしい女性とダンスを披露なさり、その後殿下は歓談の輪に入っていかれた。参加者たちがダンスを始めたので私たちも踊った。大きな身体で優雅に踊る団長さん。しっかりリードしてくれて踊りやすい。

「あなたはダンスも上手だとエバから聞いたが、本当だね。君には会うたびに驚かされる」

「ありがとうございます。それで、団長さんの上司という方は?」

「さっき踊っていらした王太子殿下だよ」

「まあ……」

 団長さんに感心したようなほほみを返しつつ(近衛騎士団ならともかく、第二騎士団なのに! あなた王太子殿下のお気に入りでしたか!)と驚いた。驚きながら私は一人の男を目で追っていた。

 接客係の白い制服を着た一人の男がさっきから仕事をしていない。銀のトレイの上に酒の入ったグラスをたくさん載せたまま誰かを探している。

 大きな夜会の会場にはまれに不審者が紛れ込むことがあるが、王城では考えられない。王城で働くには身元の確認が厳しいし、新参者には大切な夜会の仕事など回ってこない。

 男の動きは素人。なのにそんな素人がこんな場で何かするなら目的は限られてくる。知らん顔しようかと一瞬思ったけど、その考えをすぐに打ち消した。ここは団長さんに動いてもらおう。

 キュッと団長さんの腕に合図を送った。

「どうした」

「団長さんから見て右斜め後ろの人、接客係なのにさっきから仕事をしてないんです。ご令嬢たちの宝石でも狙っているのかしら。でも王城でそんなこと、ありえますか?」

 団長さんは自然に私を回転させてその男の方を向いた。少し眺めてからうなずく。

「誰かを探しているようだな」

 踊りながら私も男を見る。その男が急にとある方向に進み始めた。対象者を見つけたのだろう。私は視線だけ忙しく動かして男が逃走に選びそうな経路を探した。


「ビクトリア、悪い。ちょっと行ってくる」

「はい、どうぞ」

 さすがは団長さん。男が目的を果たすための動きに入ったことに気づいたようだ。

 あの男が警備が厳重な夜会を犯行場所に選んだのは、おそらくそれ以外はどうやっても対象者に近寄れないからだろう。

 一人になった私は自然に見える速さでテラスへと向かう。テラスから庭に降りる。男が通りそうな場所を見極めて庭木の陰にかがむ。会場が明るい分、庭木が多いここはとろりと暗い。

 やがて会場から複数の女性の悲鳴とグラスが割れる音が聞こえてきた。

 残念。団長さん、取り逃しましたね?

 明るい会場の光を背景に黒いシルエットが飛び出してくる。

 男はテラスの手すりを飛び越え、腰をかがめて走る。手早く接客係の上着を脱ぎながら私の方に向かってきた。真っ白な制服は目立つからすぐに脱ぐだろうと予想したとおりだ。

 今だ。

 立ち上がってドレスをたくし上げ、目の前で上着の袖から腕を抜こうとしている男の側頭部に回し蹴り。間髪をいれずに両肩をつかんで腹にひざりを入れ、前のめりになった男の頭と首の境に体重を乗せた手刀を落とす。その間三、四秒か。男は「ぐ」と声を漏らして前のめりに倒れた。

 全速力で男から離れる。姿勢を低くして走りながら後ろを振り返ると、テラスからたくさんの男たちが飛び降りていた。男は意識を失ったまま捕まるだろう。


 私は深呼吸を繰り返して息を整えてからさりげなく会場に戻った。まだ始まったばかりの夜会は台無しになっていた。団長さんがキョロキョロしているのでそっと近寄り声をかける。

「私は馬車で帰ります」

「ああ、よかった、そこにいたか。帰りはうちの馬車を使ってくれ。俺は帰れない。またあとで」

 私が団長さんに男の動きを教えたこと、口止めすべきだろうか。いや、やめておこう。そんなことをすれば逆に怪しまれる。

 会場の一角は散乱したグラスの破片や、ぶちまけられた酒と食べ物でさんたんたるありさまだ。帰っていく人に紛れて私も会場から出た。犯人を捕まえたとはいえ、ここの警備責任者の対応が甘くて助かる。私が責任者なら一人も帰さず聞き取りを行うところだ。


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