第62話 愛をほしがった人


「……凄い晴れたなあ」


 椿は外を眺めながら、ぽつりと呟いた。彼の言う通り、快晴と言えるぐらい雲ひとつない空が広がっている。温かさが窓から伝わってきて、彼は思わず目を細めた。


「まるで、俺達のために晴れたみたいだな」


 そんな椿の背後から、千紘が現れて抱きしめる。


「ふふっ、大げさだなあ。天気も自分にものにするつもり?」


 抱きしめられた腕を掴み、椿はくすくすと笑った。そして振り返ると、千紘に軽くキスをする。自然な動きに、普段からこうした触れ合いをしていると伝わってくる。


「いいじゃないか、今日ぐらい。俺達にとって最高の日なんだから」


 キスをし返した千紘は、椿の姿をまじまじと見る。


「凄く可愛い。綺麗だ。世界で一番」

「大げさ」

「いや。そんな言葉じゃ足りない。誰にも見せたくないな。椿の魅力で、余計な虫がつく」

「まったく、そればっかりなんだから」

「本当のことだろ。色々変なのにまとわりつかれたじゃないか。それを、俺や千歳や烏森さんでちぎっては投げちぎっては投げて、ここまでようやくたどり着いた」

「あー、えっと、その節は迷惑かけてごめん?」

「迷惑じゃないけど、魅力的すぎて閉じ込めたくなる」


 椿は太一の事件から、その後何回か誘拐や略奪されかけた。これはまずいと千紘との婚約を発表してからは、さらに狙われることが多くなった。隙を見せているわけではないが、椿は人を狂わせる何かを持っている。

 千紘が開花させたようなものだ。それを自覚しているので、責任をもって不埒な輩から椿を守った。指一本触れさせたことはない。


「俺のためにセキュリティ会社まで経営して、趣味は世界中の格闘術を習得すること、ハッキング技術で相手の特定も簡単にできるなんて……さすがにキャラを盛りすぎじゃない?」

「椿を守るためだ。これでも足りない」

「スーパーヒーローにでもなるつもり?」

「ああ、椿だけのな」


 こうした軽口も、くすくすと笑いがこぼれながらやりとりしている。振り返っただけでは足りなくて、椿は体ごと千紘に向きなおす。


「ずるい」

「何がだ?」

「千紘だって格好いい。……誰にも見せたくないぐらい」


 口を尖らせて拗ねる椿は、頬をほんのりと染める。しかし目線は、千紘から離さなかった。

 千紘は自分の格好を見て、にやりと笑う。


「それじゃあ、今から2人でどこかに逃げるか?」


 両手を広げ椿を腕の中に閉じ込めると、そのままくるりと回る。


「駄目に決まっているでしょ。そんなことしたら後が怖いよ」


 回転しながら椿は止める。提案は魅力的だが、実行したら母親が怒るのは目に見えていた。千紘の母親も同じだろう。一緒のことを考えたのか、千紘は顔をしかめた。


「……終わったら、すぐに逃げよう」


 後の面倒さと天秤にかけて、とりあえず出ることを選んだ。それぐらい母親が強い。認めてもらってからは、わだかまりがなくなって前以上に母親同士の仲が良くなったので、こういう時にタッグを組むから大変だった。


「そうだね、それならきっと許してくれるよ」

「ああ、椿が可愛すぎて見せたくない」

「ほら、駄々をこねないで行こう」

「……他の男と目を合わせるなよ。笑いかけるなんて言語道断だ。ああ、今からでもマスクを」

「はいはい、分かった分かった。気をつけるから、もう行くよ」


 話の止まらない千紘の背中を押して、椿は部屋から出る。

 そして、そのままある場所へと向かった。

 途中で注意を諦めた千紘は話すのを止め、椿の隣に並ぶ。


 こうして歩いていると、椿の脳裏に様々な思い出が蘇ってくる。大変なこともあったが、それ以上に楽しいものであふれていた。

 全てが積み重なり、2人は今ここにいる。


 大きな扉の前に着くと、控えていたスタッフが椿と千紘を見て微笑む。


「おめでとうございます」


 その言葉に、椿は照れくさそうにはにかんだ。


「あ、ありがとうございます」


 照れながらも幸せでいっぱいの顔に、千紘は彼の手を掴み指をからめた。驚いて見上げる椿の頬に、優しくキスまでする。


「もう……早いって」

「心配するな。本番はちゃんとここにする」


 そして繋いでいない方の指で、椿の唇に触れた。妖艶な空気にあてられて、スタッフも顔を赤くさせた。


「そういうことじゃないんだけど」


 人には色々と言っておいて、自分はたぶらかすような行動をする千紘に、椿は繋いだ手を引っ張って文句を言う。

 見とれていたスタッフは、プロ意識を取り戻して扉に手をかけた。


「ヤキモチか? 俺には椿しか見えないのに」


 椿の態度がお気に召した千紘は、機嫌良さげに鼻歌を奏でる。

 足を思い切り踏んだら楽しんでいる顔が歪むだろうかと、一瞬実行しかけた椿だったが、さすがに止めておいた。せっかくの雰囲気を台無しにしたくない。


 それに、軽口を叩いている余裕が無いほど緊張してきた。

 ガチガチにこわばりだした椿の耳元に、千紘は顔を寄せて囁く。


「今日は、これまでで一番幸せな日になる。俺と一緒なら、何も怖いことはないだろ?」


 自信でいっぱいな言葉が千紘らしくて、椿の緊張が少しほぐれた。

 彼の言う通り、2人でいれば何も怖いことはなかった。


「うん、千紘といれば大丈夫」


 椿と千紘は、オーダーメイドした揃いのタキシードを身にまとい、扉の前にいた。

 今日という日を迎えられて良かったと、満面の笑みを浮かべる。

 開け放たれた先、赤いカーペットを挟んで2人を祝福するためにたくさんの人が並んでいる。


 神父の元へ進みながら、椿はたくさんの愛に包まれていた。

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愛をほしがる人 瀬川 @segawa08

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