第60話 太一の処遇
返事はしていないが、太一が話を聞いている確信が千紘にはあった。
太一は、まだどうして作戦が失敗に終わったのか分かっていない。違いを見つけようと、涼しい顔をしながら必死だった。
「俺を選んでくれた理由」
そのため、この言葉にわずかだが反応した。
隠されている目を、千紘の方へと向ける。
「期待の応えられず悪いけど、俺も全て分かっているわけじゃない。むしろ聞きたいぐらいだ。……ただ1つ、可能性をあげるとするなら……」
千紘は、ここで言葉を区切る。
そして、言えば太一を怒らせかねない理由を口にした。
「俺の方が、先に行動したからだろうな」
「……は?」
さすがの言葉に、太一も思わず反応してしまった。一度口を開けば、もうストッパーになるものも無くなる。
「……俺が後に行動したから、失敗に終わったと?」
「認めたくはないけど、そういうことだ。先に行動していれば、きっと椿はお前を選んでいた。……やり方は変える必要があったかもしれないが……いや、今回と同じことをしていても受け入れられたな」
千紘は本気で言っていた。だからこそ、それを聞いた太一の怒りも大きくなる。
「何言ってんだ。それじゃあ俺が何をしたところで、椿はもう……ふざけるな。俺は……俺が先に椿を救おうとしたのに」
「ああ、そうだな。その時に、きちんと椿に愛を伝えていれば、俺に勝ち目はなかった」
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!」
あの時こうしていれば。
決して戻ることのできない過去。行動ひとつで立場が逆転していたと告げられて、太一は何度もふざけるなと吠えた。
現実逃避と同じ様子に、千紘は心の底から同情した。どこかで道を違えていたら、吠えていたのは自分の方だったのだから。
「その後悔とともに生きていくしかない。……いつか違う幸せを見つけるまでな」
立ち直れるかどうか、後は本人次第だ。
千紘はもう会わないであろう姿を目に焼き付けながら、その場を立ち去った。
♢♢♢
「椿っ!」
「椿っ」
「椿! 無事で良かった!」
「母さん、父さん、千歳……ただいま」
太一のことは、全て自分に任せてほしいと千紘に頼まれたので、椿は彼の言う通りにした。
少しだけ、話し合うべきではという考えも浮かんだが、そうしない方がお互いのためだろうと止めた。
いつか、もう少し時間が経てば、笑って会える日が来るかもしれないと希望を持ちながら。
行方不明になったことを警察に届けていたため、戻ってきたのもきちんと伝えた。
しかし、太一に関して被害届を出していない。
監禁されていた事実が世間に広まると、椿の外聞が悪くなる。
それに、太一の家も関係していた。
太一は一般家庭ではなく、さる財閥会長の庶子であった。
その立場だと、普通であれば冷遇されかねないところだ。しかし遅くにできた子というのもあり、猫可愛がりされていた。最新の設備が揃った戸建てを用意してもらえるぐらいには。
東雲家や南津家よりも格上だったが、それを理由に出していないわけではない。むしろ初めは、強い抗議をするつもりであった。
止めたのは、千紘と当人の椿。
被害届を出せば、太一は犯罪者になってしまう。監禁されたのにも関わらず、椿はそうしたくなかった。
甘さを見せれば、相手が調子に乗る。椿の考えに、周囲は反対した。しかし千紘が彼の意見に同調したことで、流れが変わった。
千紘は、太一の行動に腸がにえくりかえっていた。慈悲など必要ないと。
だからこそ、警察に突き出さなかった。そうすれば、家の力でなかったことにされるのは目に見えていたからだ。それでは、なんの意味もない。
そういうわけで色々と調整を重ねた結果、太一は烏森に預けられることとなった。彼ならば、太一を良い方向に導けると。いや、彼以外は無理だと。
烏森も、どうか自分に預けてほしいと願った。太一の行動を止められず、追い詰められていたのにも気づけなかった。そのせいで、椿を怖い目に遭わせてしまった。償いというわけではないが、太一が性根から悪とは思えないから、なんとかしてみせると約束した。
椿はもちろん、千紘も異論はなかった。
烏森に任せれば、大丈夫だと話していて確信した。
そういうわけで、太一が烏森に預けられたため、椿は『純喫茶ろまん』に行くのを禁止された。
しかし烏森の淹れるカフェモカのファンである椿が落ち込んだので、店には行けないが烏森に来てもらうことにした。千紘は椿を喜ばせたいと、淹れるための道具を最高級品で揃えたぐらいだ。椿は呆れて、こういう時は相談してから行動するようにと説教をした。
その様子に、すでに千紘が尻に敷かれていると、周囲は微笑ましいものを見る目を向けていた。
しばらくして、椿の元を訪ねてきた烏森が、太一について少しだけ教えた。
「いつか、もしも許されるのであれば、東雲君と話がしたいと言っていました。君に謝りたいと」
隠さずに伝えたのは、太一に変化が現れている証拠だと、教えてもらった椿は烏森にお礼を言って付け足した。
「俺も、その時を楽しみにしていると伝えてください」
その日は、意外に早く来るかもしれない。
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