第57話 急展開
椿は、何度も脱出しようとした。
しかし、その全てが失敗に終わった。
扉に不具合を生じさせるため、さりげなく隙間に物を挟み込んだり、食事を運ぶワイヤーが動かなくなるよう、事故に見えるぐらいの感じで強く引っ張ってみたりした。
結果は惨敗。あらかじめ予想されていたのか、扉にはセンサーが仕込まれていて異物をすぐに察知してアラームが鳴り響いた。
ワイヤーは強度があり、引っ張ったところでビクともしなかった。
最初は絶対に脱出するという固い意思を持ってチャレンジしていたが、ことごとく失敗するうちに椿の心は折れていった。
どうせ駄目だと思いながら挑んでも、そう上手くいくわけがない。作戦も雑になっていき、回数も減っていった。
「……がんばろ」
いくら言葉では気持ちを強く持っても、頭も体も動かなかった。一日、ただぼんやりと過ごす時間が増えた。それは、良くない状態だった。
「……たすけて」
他力本願と言われたとしても、椿は千紘が現れるのを待っていた。ヒーローのように、扉を開け放ってくれるのを待っていた。
しかし現実は厳しかった。千紘が現れることなく、椿の精神は壊れかけていた。
「……ずっと、このまま……いっしょう、ここで……すごすの……かな……?」
マイクに拾われるのも気にせず、ベッドに寝転がりながら椿は考えていることを口に出した。ほとんどかすれていて、聞き取るのも大変なほどの声量だった。
その恨み言が犯人に届くように。椿はカメラを睨む。
「ぜったいに……ゆるさない」
椿が言い終えた瞬間、扉が勢いよく吹っ飛んだ。爆発音とともにだったので、さすがの椿も驚いてベッドから飛び起きる。しかし騒音と、急に起き上がったせいもありクラクラとしてよろめいた。
「は……?」
こめかみを押さえながら、わけが分からず困惑する。一体何が起きたのか、すぐに理解できる類のものではなかった。
衝撃で視界不良の中、脳を必死に動かして椿は考える。そして、信じられない気持ちで名前を呼んだ。
「ちひろ?」
舌足らずな声は、期待に満ちあふれていた。まさかと期待しすぎないようにしていても、千紘が助けに来てくれたのだと信じて疑っていなかった。
願っていれば叶う。どんな手段を使ったのかは知らないが、助けてくれただけで椿にとっては十分だった。
涙を拭いながら、椿は扉に近づく。
「千紘」
抱きしめてもらおうと、伸ばした手は掴まれた。しかし椿はその手が千紘ではないと、すぐに気がつく。
「誰? はなせっ!」
千紘で無ければ、誰だって椿には敵だった。腕を振り回してはなせと叫んだが、相手の力が強かった。がっちりと掴んだ手に、椿の目に違う種類の涙がにじんだ。
そうしているうちに、舞い上がった埃などがおさまっていく。
視界が開けていくと、そこにいたのは――
「……太一? どうして、ここに?」
太一だった。
椿を見下ろしながら、険しい表情を浮かべている。全く予想していなかった人物に、椿は再び困惑する。
助けに来てくれるとしたら、千紘以外に考えていなかった。むしろ犯人として、椿は太一のことも少し疑っていた。
まだ味方かの判断が出来ずに、椿は素直に喜べなかった。
太一は震える椿を見て、目尻を下げた。
「……助けにきた」
「助けに? 俺を?」
その言葉を簡単に受け入れず、椿は小さく首を傾げる。太一の表情をよく見た。嘘を言っているようには見えず、椿はほっと息を吐いた。
「……良かった。本当に良かった」
安心して足の力が抜けた椿は、太一に手首を掴まれたまましゃがむ。
「怖かったな。よく頑張った」
太一は、椿の頭を撫でた。いたわるような手つきに、椿は目を細めて受け入れたが、すぐにはっとなる。
「あっ、早く逃げないと。犯人が来るっ」
腕にしがみつき、椿は必死に逃げるように迫った。しかし太一は焦ることなく、口角を上げる。
「心配するな。もういない」
「……いないって、どういうこと。犯人をどうしたの。……まさか、殺してないよね?」
「椿は気にしなくていい。さあ、行こう」
「でも……」
犯人がどうなったのか教えてくれず、行こうと手を引く太一に、椿の安心していた気持ちが萎んでいく。助けてくれたのだとしても、どこか太一が怖かった。
「千紘は? 一緒に探していたんじゃないの。今どこに」
「どうして、そいつの名前を出すんだ。ここにいるのは俺だろう」
「っ」
千紘に会いたい。そう思った椿が、太一にどこにいるのか問いかけると、彼の雰囲気がさらに恐ろしくなった。低い声でうなると、椿の手を掴む力を強くした。
「太一、いたい」
「どうして、あいつなんだ。今までずっと、俺が椿を守っていたのに。椿のために色々と準備したのに。あいつだって、椿をさらって閉じ込めた。それなのになんで」
太一はもう椿を見ていなかった。うつろな目でつぶやく姿に、彼がおかしくなっているのだと椿は気づいた。そして話している内容から、こんなことをしでかした犯人は太一だとも気づいた。遅すぎるぐらいだった。
「……俺のことを見ない椿なんか、いっそのこと……」
太一の壊れ具合は、椿が思っている以上に深刻な状態なのだから。
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