第56話 見つけた糸口


 太一の部屋は空振りだったが、千紘は決して諦めていなかった。

 このぐらいで挫けているようでは、最初から椿を探したりはしない。むしろ絶対に椿を見つけてやると、勢いが増していた。


 とにかく、すぐに椿を見つけなくては。

 勢いが増した千紘は、どんな小さなことでもいいから太一についての情報を集めた。

 しかし集めるほど、太一という存在が分からなくなった。


「こいつは、何者なんだ?」


 そう文句が言いたくなるぐらい、太一は不詳の人物だった。

 彼は、突然現れたとしか言いようがなかった。どこで産まれて、どこで育ったのか不明。家族構成も分からない。戸籍謄本はあてにならなかった。


「……書類を改ざんできるとすれば、限られてくるか」


 東雲家や南津家でも、さすがに現代でやろうとするのは難しい。

 格上の気配に、千紘は怯まずに獰猛に笑った。


「上等じゃないか。敵は強いぐらいがちょうどいい」


 どんなに格上だとしても、候補が絞られるのであれば千紘にとっては大歓迎だった。椿に近づく第一歩になったと、千紘は相手を追い詰めるための包囲網を狭めていく。


「俺を怒らせたこと、絶対に後悔させるからな。首を洗って待ってろ」


 笑う千紘は、自覚しているが椿不足でおかしくなっていた。それはもう周囲が心配するぐらいに。


「千紘兄ちゃん……俺にも手伝わせてよ」


 その中で千歳は心配する気持ちもあったが、それ以上に早く椿を取り戻さなくてはと思っていた。おかしくなったとしても、椿が帰ってくれば戻る。しかしその期間が長引くほど、元通りとはいかなくなる。

 千紘のためにも、椿のためにも千歳は手を貸すと提案した。


「いや、それは」

「千紘兄ちゃんが1人で見つけたい気持ちは分かるよ。でもそれじゃあ、やれることは限られてくるよね。本当に椿を見つけたいと思っているなら、使えるものは何でも使えるぐらいの方がいいって」


 千歳の言っていることは最もだった。

 1人で全てをするというプライドは、椿を救出するためには意味が無い。それなら、なりふり構わず協力するべきだ。千紘はそう結論を出す。


「……頼む。手を貸してくれ」


 説得しようとした千歳だったが、千紘が受け入れるとは期待していなかった。これまで千紘が頼ってきたことはない。

 和解はしたが、千歳も椿と色々とあったため、関わるのを避けるだろう。

 期待していなかったのに提案したのは、断れるとしても見ているだけなのは嫌だったからだ。


「もちろん。俺は何を調べればいい?」

「とりあえず、書類を改ざんできるほどの権力を持っていそうな家をピックアップしてくれ。椿を手に入れるために、色々と手回ししたはずだ。よほど奴のことが好きなんだろう。それぐらい大事な存在。ピックアップした中から、奴を見つけ出す」

「分かった。急ピッチで進めるよ」

「千歳、学校は?」

「椿より大事なことはないから。千紘兄ちゃんだって、仕事は?」

「言わなくても分かるだろ」


 椿を見つけ出すまでは、他のことなど二の次である。千紘も千歳も、椿を絶対に見つけるという目標のために、すぐに作業に取りかかった。



 ♢♢♢



 探す範囲が狭まったので、すぐにでも太一についての情報が見つかると考えていたが、実際は何時間経ってもそれらしき人物が出てこなかった。

 権力のある家を千歳にピックアップしてもらい、そこから太一に条件が一致している人を探していた。候補は2桁に絞られたのだが、容姿が違っていたり、確固たるアリバイがあったりと徐々に減っていく。


 そして、気がつけば候補が全滅した。


「ごめん、千紘兄ちゃん。きっと俺の調べ方が悪かったんだよ。もう一度、ちゃんと調べ直すから。本当にごめん」


 千歳は自分のせいだと、ピックアップし直そうとした。椿を見つけるために手を貸したのに、これでは足でまといだと焦っていた。


「ちょっと待て」


 慌ててやり直そうとした千歳を、千紘が静かに止める。そして候補として出していたが、ある理由で除外されていた方を手に取った。


「千歳の調べ方が悪かったとは思えない。選んだ方が間違っていたんだ」

「でもそっちは」


 千紘が手に取ったのは、適齢の男子がいない家のリストだった。権力はあっても、そもそも前提条件が違うと外していた。

 千歳が戸惑っている中、千紘は紙をパラパラとめくる。その目は冗談を言っているわけではなく、真剣なものだった。


「甘やかしているからといって、必ずしも実子とは限らない。庶子や養子の可能性だってゼロじゃない。その場合、わざわざ発表しないところもあるはずだ」

「そうだね。全然考慮に入れてなかった。そういう意味で、もう1回見直す必要があるね。すぐに取り掛かるよ」

「ああ、そういう環境で育ったから、歪んだ性癖を持ったのかもしれない。……まあ、人のことを言えるほどじゃないけどな」


 千紘は自嘲気味に言うと、千歳が慰めるために背中に手を添えた。


「あいつと千紘兄ちゃんは違うよ。椿の気持ちは、千紘兄ちゃんにあるんだから。もっと自信持って」

「……そうだな」


 少し気持ちの落ち込んでいた千紘は、励ましの言葉に力強く頷いた。

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