第54話 わずかな希望を探して


「どうして、手がかりが見つからないんだ!」


 千紘は苛立ちから、テーブルを強く叩いた。しかし手が痛くなるだけで、事態が変わるわけもなかった。


 椿を誘拐した犯人は、小林太一と断定された。しかし、警察にはまだ話していない。断定したと言っても、物証があるわけでは無いせいだ。今のところは、状況証拠しか見つかっていなかった。


 千歳から烏森の情報で、太一が怪しいと連絡を受けた千紘は荒れに荒れた。

 椿に恋慕を抱いていると知っていたが、まさかこんなことをしでかすとは思ってもみなかった。千紘が遠目ではあるが見た時は、普通の学生だった。椿が身を隠すのに着いていく行動力はあったが、それもまだ許容範囲の動きだった。

 しかし、その内には狂気的な思考を秘めていた。

 狂気に気づけなかった自分が、千紘には許せなかった。早く椿を助けなくてはと、決意を固めていた。



 そんな中、烏森が保管していた履歴書から、太一の住んでいるアパートが判明した。

 情報を受けた千紘は、何もかもを後回しにして、そこに直行する。

 アパートはよくある二階建ての、こぢんまりとしたものだった。セキュリティも万全とはいえず、大家に千紘が太一の親類と名乗ったら、疑うことなく部屋の鍵を開けてくれることとなった。


「家賃は払ってくれているけど、そういえば最近姿を見ていないねえ」


 大家の言葉で、すでに期待が持てなくなった。それでも部屋を確認するまでは、千紘は納得できなかった。

 家賃を払っているならば戻ってこようとしている可能性があると、椿が閉じ込められてもおかしくないと考えた。

 必死な様子を見せてしまったら、不審に思われると表面上は平静を装った。手のひらに爪を食い込ませて痛みでごまかさなければ、大家を押しのけて自分で扉を開けただろう。


「太一君は、珍しいぐらいにいい子でね。私が重い荷物を運んでいたら、すぐに手を貸してくれて。他にも色々としてくれるから、凄く助かっていますよ。きっと親御さんの教育がしっかりしているんでしょうね」


 そんな人が誘拐はしない。

 内心で零しながら、千紘はあいまいに微笑んだ。大家には、それが謙遜しているのだと映る。


「だから姿を見せなくて心配していたんですよ。もしかして病気でもしているんじゃないかって」

「あ、鍵開きましたね」


 いつまでも止まらない世間話を無理やり終わらせて、千紘は鍵の開いた部屋に入る。

 入ってすぐ、ここには誰もしばらく来ていないと感じる。こもった空気は、人の気配が無かった。

 せっかく見つかった希望が消えるが、千紘は諦めず中へと進んでいく。後ろで大家が何か言っているが、空返事を繰り返していた。そうしていれば、いつの間にかどこかに消えていた。

 1人の方が探しやすいと、千紘は念の為に扉を閉めておく。そして、椿に繋がりそうなものがないか探った。

 荒らさない程度に留めておいたのは、後で大家に見られた時に、泥棒だと思われないためだ。それでも、気持ちが焦って物を落としたりと手元が狂う。

 舌打ちしそうなのを我慢して、千紘は書類などを中心に見ていくが、これといったものはない。無防備に置いていくわけないかと、千紘は相手の強敵具合に、気付かぬうちに息を漏らす。


 そして、引き出しを開けると我慢出来ずに舌打ちした。


「……ふざけやがって」


 中には、大量の椿の写真があった。さらに太一から、この引き出しを開けるだろう相手に対するメモが残されていた。つまり、探られることは太一にとって想定済みだった。


『もう渡さない』


 千紘はメモと写真を手に取り、勢いよく握りつぶす。


「渡さない、だと。そもそもお前のじゃない。絶対に取り返すからな。……もう少しだけ辛抱してくれ、椿」


 ぐしゃぐしゃにしたそれを、千紘はゴミ箱に捨てようとして止めた。これだけは残しておきたくなかった。吐き気を抑えながら、千紘はカバンの中に無造作に突っ込む。

 部屋ごと燃やしたい気分だった。太一への殺気で、千紘の顔は人に見せられないぐらい凶悪なものになっている。大家に会う前に落ち着けと自分に言い聞かせるが、すぐには無理そうだ。


「……つばき」


 写真の束は、椿への強い執着をまざまざと見せつけていた。上の方にあった写真は、太一と一緒に撮ったものが多かったが、下に行くにつれて目線がカメラに向いていないものばかりだった。それは、盗撮していたもの。いつから椿に執着していたのか、年月の長さを感じさせるぐらいの量だった。

 身体的に傷つけることは無いとしても、精神的に欲を持った行動をしないとは限らない。むしろそういう目的で、椿を誘拐した可能性が高かった。

 自分の手が届かないところで、椿が泣いているかもしれない。

 想像するだけで千紘は頭に血が上り、目の前にある壁を殴りつけた。拳が痛むが、それを感じさせないぐらい別のところに意識がいっている。


「覚悟しておけ」


 次に拳が向かう先は、千紘の中ですでに決まっていた。椿が止めたとしても、必ず殴ると千紘仄暗い目をして心に決める。

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