第52話 その頃の椿


「ん……んぅ……」


 いつの間にか眠ってしまっていた椿は、見知らぬ部屋で目を覚ました。

 辺りを見回した結果、どこだか分からず困惑する。


「……ここ、どこ?」


 部屋の中は、マンションの一室といった感じだ。10畳ほどの広さに、ベッド、本棚、冷蔵庫などが揃っている。それだけなら普通の部屋だが、異質な物が椿の足首にあった。


「……足枷」


 足が動かず、何故だろうと布団をめくってそれが見えた瞬間、椿はひゅっと喉から変な音が鳴った。見たものを口にしたが、頭は全く冷静では無い。


「……誰が? どうして?」


 回復するのに、しばらく時間がかかった。しかしショックを受けている場合ではないと、とりあえずベッドから降りて、なにか情報を得ようと部屋の中を探る。


「分かっていたけど、出られる場所はないか」


 窓ははめ殺しになっていて、扉も外から施錠できるタイプで、中からは鍵穴すらも見えなかった。それ以外に、出られる場所は全くない。

 人を監禁するのに、最適な場所だった。


「俺は……誰の姿を見た?」


 振り返ってすぐに襲われたため、その姿を視界に入れたはずなのに、黒い影でしか思い出せない。必死に脳みそを動かすが、顔が浮かぶことは無かった。


「誘拐するような人、か」


 今度は推理して導き出そうとするが、身近で椿にこんなことする人に心当たりがない。一番やりそうだとすれば千紘だったが、まさかするはずもない。やった瞬間、結婚話が遠ざかるのだから。

 そうなると次に考えられるのは、家関係で身代金目当ての誘拐だった。しかし、そうだとすれば待遇が良すぎる。人質を置いておくのに、ここまで広く充実させた部屋は必要ない。

 金と労力がかかりすぎている。


 椿はそこまで考えて、嫌な予感がした。

 充実させた設備に、逃げられないように頑丈にされた出入口。足枷とベッド。


「……まさか、そういう意味で……嘘だろ」


 幼く女の子に間違われていた頃は、変質者に狙われることの多かった椿だが、成長し身長が伸びてからはそういった目で見られることは無かった。しかし、考えるほど当たっているようで、椿は顔を青ざめさせる。


 命の危険はなくても、違う意味で危機が迫っていた。犯人に目を覚ましたのがバレれば終わる。椿は早く出る方法を考えなければと、とりあえずベッドに戻った。

 そして布団をかぶり、状況を整理する。


 犯人の目的が椿、それも性的なものだとすれば、身代金などの要求を家族にされることは無い。むしろ居場所がバレないために、接触しようとはしないはずだ。

 そうなると、家族や千紘達には探す手がかりがないわけである。絶望的な状況だ。


「……千紘、俺を探してくれているかな。見つけてくれるかな……」


 あまりにも頼りない声を出してしまい、椿は勢いよく首を振った。落ち込んでいるばかりでは、いい考えは決して浮かんで来ない。

 しっかりしろと喝を入れるため、勢いよく自分の頬を叩いた。ひりひりとした痛みがあるが、気持ちが少し上向く。


「絶対に千紘は来る。絶対に俺を見つけてくれる」


 言葉にすると、自然と本当にそうなるのではないかと思えてくる。椿は祈るように手を組み、どこにいるか分からない千紘に向かって念を送った。


『……そんなことをしても無駄だ』

「わっ!?」


 予想もしていなかったところから声が聞こえてきて、椿は驚いて叫んでしまった。

 慌てて布団から出たが、近くはおろか部屋には人影がない。


 一体どこから声が聞こえて来るのだと考えて、天井にスピーカーが設置されているのに気づいた。

 埋め込み式で電灯の隣にあったので、視界に入っていなかった。出口を探していたから、完全に盲点になっていたのだ。

 スピーカーの隣には、目を凝らさなければ見えない黒い点がある。

 虫と間違えそうだが、実際は監視カメラだった。つまり椿の様子は、ずっと観察されていたのだ。


 まだカメラの場所は分かっていない椿だったが、スピーカーで話しかけられたことから、どこかで様子を見られているのだと予想する。

 そして祈っていた時、彼は布団をかぶっていた。しかし無駄だという言葉は、音声も拾っていることを示唆していた。


 起きてからの行動は、全て筒抜けだった。部屋の中を探ったり、しばらく動いていたのにも関わらず、その時は何も言ってこなかった。

 たまたまカメラを見ていなかったのならいいが、もし泳がせていただけだとすれば、犯人はかなり性格が悪い。

 粘着質なものを感じて、椿は思わず身震いをした。


「あなたは誰ですか?」


 椿は声から判断できずに問いかける。知らないのではなくボイスチェンジャーで変えられていて、機械音声になっていたのだ。

 椿が声を知っているからか、それとも声を知られたくないのか、どちらの可能性もあった。


「俺をどうするつもりですか」


 答えを知るのが怖かったが、椿はどうしても聞かずにはいられなかった。とにかく話が出来るのであれば、相手を説得できるきっかけになるのではないかと、一縷の望みをかけた。


『望みは一つ。そこから出ないこと。それだけだ』


 淡々と告げられた要求。それだけ話すと、一方的に会話は終わった。


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