第49話 その話し合い


 千歳が場の空気を支配している。

 立ち話もなんだと、座るように促したのも彼だった。


 南津家、東雲家に分かれて座るのは嫌だと、椿はわがままを言って千紘の隣にしてもらった。

 椿の隣に両親が座り、その向かいに千歳、脇を固めるように両親が腰を下ろした。


 誰も彼も表情が強ばっていて、息が詰まりそうなほど重苦しい。

 お互いに視線で牽制しあっている中で、口を開いたのは千歳だった。


「椿、千紘兄ちゃんを見つけられたようで良かった」


 場に似つかわしくないほど、柔らかい言い方。

 敵意は無いと感じ、椿の肩から力が抜けた。千紘もほっと息を吐く。

 しかしそれに対し、納得いかないのが南津家だった。


「千歳、あなたは何を言っているの。良かったなんて」


 ありえないと叫び、そのまま説教を開始しようとしたところで、待ったがかけられた。


「状況もよく分かっていないんだから、母さんは黙っていて。良かったに決まっている。母さんじゃ、千紘兄ちゃんを連れ戻せなかったでしょ」

「どうして、そんなこと言うの。あなたは……信じられない。みんなどうして、私達の言うことを聞かずに好き勝手するのよっ。私はあなたに幸せになってもらいたくて。あなた達には普通の生活を送ってもらいたいのに……」

「普通の生活? それをどうして母さんが決めるの」

「それは、だって……あなた達にまともな判断ができるとは思えない」


 どんどん小さくなっていく彼女の声に、千歳は目を細めた。


「母さん。母さんがここまで育ててくれたことは感謝しているよ。でも、もう俺達は子供じゃないんだ。どうするかは自分で決められる。千紘兄ちゃんも俺も」

「決めた結果が、こんな酷い有様じゃない」

「酷い有様? 椿も千紘兄ちゃんも幸せなのに、どうして酷い有様になるのか俺には分からないよ」


 首を振った千歳は、椿と千紘に視線を移す。


「母さんが酷いって言っているのは、世間体を心配しているからだよね。椿と千紘兄ちゃんが結婚を発表したら、南津家に不利益になると思っているんでしょ。それが嫌で、その前に関係を終わらせようとしている。本人達の意思を無視して」

「そんなこと……」

「どう見たって、そうとしか思えない。実の親なら、子供の幸せを素直に喜びなよ」

「喜んでばかりじゃいられないわ!」


 諭す千歳の言い方に、母親の怒りが爆発した。テーブルを叩き、大きな音を響かせる。


「周りから色々と言われれば、結局傷つくのは本人なのよ。愛という感情が永遠に続くか分からないでしょう。今は気持ちが燃え上がっていたとしても、それが消えたらどうするの。それでも一緒にいられる? 世間と戦い続けられる? 傷ついた心は、簡単にはなおせないわ。なおせなかったら、最悪を考えたら、今のうちに終わらせてしまうべきよ。傷が浅いうちにねっ……」


 話していくうちに、彼女はボロボロと涙をこぼした。顔を手で覆い、もう何も言えなくなった。

 千歳は泣いている母親の体を、自分の元へ引き寄せる。そして背中をさすった。


「ごめんね、母さん。母さんに酷いことを言って。きちんと千紘兄ちゃんや俺のことを考えてくれていると分かっているのに、母さんに本音を言ってもらいたかったから。きちんと話さないと、溝が大きくなるだけだよ。また、千紘兄ちゃんがいなくなってもいいの?」


 先ほどまでの冷たさは消え去り、優しく話しかける千歳に、顔を覆い隠したまま彼女は答えた。


「……いいわけ、ないでしょ。千紘も千歳も、大事な息子なの……幸せになってほしいに、決まってる。でも……傷ついて、ほしくもない……。あなたも、そうでしょう?」


 その言葉は、椿の母親に向けて放たれた。母親同士だからこそ、分かるものがある。


「当たり前よ。椿の幸せを願っているに決まっているじゃない。それなのに、全く言うこと聞かないから困っているのよ。私だって、好きでうるさく言っているわけじゃないのに。邪魔していると思われるだけなのは辛いわ」


 ため息まじりこぼした愚痴に、問いかけた彼女もふっと笑う。


「母親っていうのは、憎まれ役を買ってでなきゃいけないことが多すぎるわね。現実的に話しているだけなのに、疎まれるなんて酷い話よ」

「いつまで経っても、心配が尽きないから言っているのにね」

「まったくよ」


 たまっていた愚痴を話していると、段々と通じ合うものがあったらしい。

 諦めたように笑いながら、話が盛り上がりだした。

 先ほどとは違った意味で、入り込めない空気が出ている。


「……私達が止めて止まる性格していたら、そもそもこんなことになっていないわよね」

「頑固な息子を持つと、お互い苦労するわ」

「一度決めたら、そのまま突っ走る。……止められないなら、見守って応援するべきなのかしら」

「そうね……もう失いたくないもの」


 しんみりとした空気ではあるが、それは確かに椿と千紘の関係を認める言葉に違いなかった。

 すぐには信じられず、分かった途端自分の母親の顔を見る。


「やあね、そんなに見ないで。私だって絶対に反対しているわけじゃないのよ」

「そう。椿には、千紘君にだって幸せな人生を送ってもらいたいだけ」


 慈悲のこもった言葉、その温かさを感じて視界が潤んだ2人は顔を下に向けた。

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