第48話 たとえ認められなくても


 必要な手続きが終わり、とうとう椿達は帰ることになった。

 その日付を、あらかじめそれぞれの親に伝えてあり、戻ったらすぐに話し合いが行われる予定になっていた。


 移動は智村が車を出し、椿と千紘は時間をかけて説得する準備を終えた。


「大丈夫。何があろうとも、絶対に椿から離れない」


 考え出して口数の少なくなる椿。

 その手を握った千紘は、励ましの言葉をかける。


「……うん」


 椿は、千紘が離れる心配をしていなかった。

 2人の関係が祝福されず、反対されると目に見えているのが彼を落ち込ませていた。

 紆余曲折はあったが、納得して結ばれた。それを反対されるのは、気持ちを反対されるのと同じだった。


 最悪の結果、縁を切られる。

 その可能性が高いと、椿も千紘も言葉にはしないが分かっていた。


「話が終わったら、どこかに出かけよう。椿はどこに行きたい?」


 どんどん元気の無くなる椿に、千紘はわざと明るくふるまった。

 気を遣わせたままではいけないと、椿も無理をしながら笑った。


「そうだなあ。水族館に行ってみたい」

「水族館か、分かった」


 次の楽しい予定を立てれば、憂鬱も多少は良くなる。そんなタイミングで、車は目的地に辿り着いた。


 集合場所は何の因果か、千歳と婚約する際に使った料亭だった。今回も貸切にしている。

 すでに両家は来ているらしい。着いたという連絡が、各々に送られた。

 顔を合わせて気まずい状況になっているだろうと、椿達は見苦しくない程度に急いで中に入った。


 同じ部屋へと向かうため、まだ記憶にくっきりと残っている廊下を進む。行きたくない気持ちになりそうなのを、必死に奮い立たせて足を動かした。


 どんどん近づくにつれて、争う声が聞こえてくる。なだめている人もいるが、2人が聞く耳を持たずにヒートアップしているようだった。それが誰と誰なのか、分かってしまった椿と千紘は顔をしかめた。


 不安になる椿の手を、千紘はしっかりと握った。見上げる彼に、小さく微笑む。


「大丈夫」


 椿はこくりと頷き、そして千紘が戸を開けるのを見守った。


 扉は静かに開かれたが、争う声が止まり注目が集まる。その視線にさらされながらも、椿は千紘の後ろに隠れようとはせず、しっかりと顔をあげた。


「椿っ」

「千紘っ」


 争っていた各々の母親が、息子の元へと駆け寄る。


「まったく、どうして言うことも聞かずに突っ走るの」

「急に仕事を辞めて、今までどこにいたの。ずっと心配していたのよ。随分とやつれたんじゃない」


 体を隅々まで確認して、小言をぶつけていく。無事だと分かると、その強い感情は別に向けられた。


「千紘君、あなたも立派な大人でしょう。椿を監禁していたのだって許してないわ。それなのに、どうしてこんなことに……あなたが突っぱねるべきだったでしょう」

「椿君。あなた千歳との婚約を破棄されたのに、こうやって現れるなんて恥じらいが無いようね。まさか、千歳から千紘に乗り換えるつもり? そんなの許さないわよ」

「うちの椿に恥じらいが無いですって? お宅の千紘君だけでなく、千歳君だって椿を傷つけたのよ。椿に対する態度をお聞きになりましたか? ああいうのをモラハラって言うのではありません?」

「なっ、被害者面しているようですけど、こちらだって振り回されっぱなしです。千紘は会社を辞めて、千歳は勉学に身が入らなくなっています。その原因にも関わらず、こちらを非難するなんて。厚顔無恥にもほどがありますわ。千紘、もう関わるのを止めなさい。あなたは少しおかしくなっているだけよ」


 当人達を置いてけぼりにして、言い争いは止まらない。その場には父親もいるのに、おろおろとしているだけで何も助けになっていない。

 椿も千紘も落ち着かせようとするが、話しかける隙が全くない。このままだと勝手に結論を出されてしまうと、なんとか割り込もうとした。


「元々、私は家同士の結婚に反対だったのよ!」

「そんなのこっちもだわ!」


 決定的な言葉が、あと少しで放たれる。椿も千紘も止められない。それを言われてしまえば、家同士のつながりは無くなってしまう。そうなれば、2人には駆け落ちする未来しか残っていなかった。

 決別するしかないのかと、歯がゆい気持ちで拳を握った。繋いでいる手も、それぞれ力を込めて痛いぐらいになっていた。


「はい、そこまで」


 決定的な言葉が出る前に、別の声が遮った。


「千歳?」


 元々その場に千歳はいなかった。本人が拒絶したのか、同席を許さなかったのだろうと椿は考えていた。その考えは当たっていて、どう転んでも争いになると目に見えているから、千歳はいない方がいいと判断し、話し合いがあることすらも知らされていなかった。

 そのため、千歳の登場に一番驚いていたのは彼の両親だった。


「どうしてここにいるの? 誰から聞いて……そもそも今日は学校でしょう」


 千紘にすがりついていたのを、千歳に標的を変えて強く問う。


「学校は休んだ。誰に教えてもらったかなんて、気にする必要ない。俺に隠して、勝手に話を進めないで。俺だって関係ある話でしょ」


 母親を軽くいなし、千歳は冷たい目を向けた。責める視線にうろたえ、信じられないと顔がひきつった。


「ち、千歳。何を言っているの」

「母さんは黙ってて。俺が話をしに来たのは母さんじゃないから」


 あしらわれただけでなく、突き放された彼女は絶句して何も言えなくなった。

 それを気にせず、千歳は椿を、その隣に立つ千紘を見た。


「それじゃあ話をしよう」


 覚悟を決めた表情。両親よりも手強い相手だと、椿達に緊張が走った。

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