第47話 心強い味方


 千紘は、椿と共に帰ることとなった。

 手続きなどもあったが、それを全て千紘は最速で終わらせた。全て椿のために。


「椿と一緒にいるためなら、こんなの苦じゃない」


 そう言った千紘に、椿は照れ隠しでパンチをお見舞した。しかしなんなく受け止められて、男としてのプライドを崩された。

 椿は連絡を入れて、帰らずに千紘の傍に居続けた。逃げられないために見張る目的ではなく、ただ近くにいたかったからだ。そんな椿の考えを、きちんと千紘は理解していて極力離れないように行動した。


 後処理に関して、千紘の部下だった人――智村ともむらがかなり手助けをした。彼は千紘に住む場所を提案しただけでなく、その後も必要なものを手配するなど、尽力を惜しまなかった。

 千紘が社長を辞任して、上司部下の関係が解消されたのにだ。椿の件は許されざる行為だと考えていたが、千紘に憧れて彼の元で働いていた。そのため、憔悴しきった状態を放っておけなかった。それは純粋な厚意だった。


 千紘から連絡を受け、駆けつけた智村はそこに椿がいて卒倒しかけた。まさか拉致したのではないかと、警察へ連絡しそうになった。

 しかし、椿が自分の意思で千紘の傍にいるのを選んだと聞くと、内心では思うところもあったが祝福した。


 2人が決めたことに口出しする権利は無い。そう判断した智村は、できる限りのサポートをすると決めた。

 椿と一緒にいる千紘は、ここしばらくは見られなかった輝いた表情をしている。智村が憧れる彼の姿。

 椿といるだけで、気持ちが上向くのであれば、自分がそのサポートを引き受ければいい。椿が千紘に怯え、逃げるつもりでないのだから、そうしても構わないはず。


 一応の常識はあるが、当人達が満足しているのであれば、それをかなぐり捨てる。そんな融通のきく智村は、すでに千紘の味方だった。

 彼のおかげで手続きがスムーズにいき、仕事を抱えているはずなのに申し訳ないと恐縮する千紘に対して、なんてことのないように言った。


「私の仕事は、あなたをサポートすることですから」


 そして千紘に、今後どうするつもりか聞いた。会社に戻るのか、その問いかけに千紘は首を横に振った。


「俺のわがままで去ったんだ。それなのに戻るなんて、そんな勝手は許されない。いくらなんでもな。まあ、とりあえずは椿との結婚を認めてもらって、落ち着いたら新しい会社でも作るかな」


 簡単に言っているが、会社を作るのには相当な時間と労力が普通はかかる。しかし千紘の言葉には、それが出来る確信が含まれていた。


「それでは、私は会社に辞表を出します」

「何言ってるんだよ。今の会社で重要なポジションを任されているだろ。ゆくゆくは取締役にもなれる。それを全部、俺なんかのために棒に振るつもりか? お先真っ暗かもしれない。心中してもいいのか?」

「そんなわけありませんよ。あなたは、今まで以上に高みへとのぼります。それを私は見たい。すぐ近くで。今の会社に残ったところで、なんの面白みもないですから」

「ははっ、お前いい性格しているな」

「あなたに感化されたんです」


 軽口を叩くのは、信用している証だ。やりとりを近くで見ていた椿は、そんな関係も羨ましいと少しだけ嫉妬した。

 しかし、智村にやましい感情はない。それに仕事もあるのに、手助けをしてくれているのだから感謝こそすれど妬む理由は無い。


 こういった感情を育てると、ろくなことにならない。ひっそりと心の中にしまいこんだ椿の様子を、智村は視界の隅にとらえていた。

 そして千紘との話を終えると、椿の元へ行く。


「東雲様、お元気そうでなによりです」

「あ、その節はご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんてとんでもない。上司の不始末をつけたつもりですが……いらぬお節介だったかもしれませんね」

「そんなことないです。離れたからこそ、見えたものがあります。むしろ大変お騒がせしました」


 智村はシルバーフレームの眼鏡をかけていて、一見近寄りがたい。椿も失礼な態度を取らないようにと、ガチガチに固まった。


「あの時は、きちんと話が出来ませんでしたから、東雲様のことをよく分からなかったですが、なるほど聡明な方ですね」


 智村にとって椿は、得体の知れない存在だった。千紘を惑わし、堕落させようとしているのではと疑って、秘密裏に処理しようと考えたこともある。

 とんでもない性悪のイメージを持っていたが、少し話をしただけで普通の青年だと分かった。


 彼が堕落させたのではなく、勝手に堕落し、しかし巻き込んでしまったのは千紘の方だと気づいてしまった。可哀想な青年。蜘蛛の巣に絡められたイメージが頭に浮かび、智村は同情する。もう二度と巣から逃げ出せない。

 逃げ出せないのなら、せめて心地よく過ごしてもらおう。


「……東雲様。お困りのことがあれば、何でもおっしゃってください。いつでも力になりますので」

「? ありがとうございます?」


 本人の知らないうちに、椿は智村という心強い味方を得た。

 それが珍しいことだと、千紘だけが気づいていた。

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