第46話 愛の関係


 千紘はもう謝るのを止めた。

 椿の愛を、自分もおかしくなっているのを認めた。


「椿、愛してる」

「俺も、愛しています」

「敬語なんか使わなくていい。それに千歳と呼んでくれ」


 吹っ切れた千紘は、完全に甘えたになった。これまでを取り戻すように、椿から離れようとしない。今も椿を抱えるように膝に乗せて、肩に顔を乗せている。

 椿は千紘の好きにさせて、体を預けた。


「本当に? なんか、変な感じ」

「俺は嬉しい。椿と距離が近づいている感じで」


 そう言いながら、千紘は椿のうなじや首元、顔を伸ばして頬にも軽くキスをする。欲の感じさせない戯れみたいな行為なので、くすくすと椿は笑った。


「吹っ切れすぎだよ。あんなに信じてくれなかったのに」

「だって、椿に愛してもらえる理由なんてないと思ったから。俺が言うのもなんだけど……趣味悪くないか?」

「本当に自分で言う?」


 首を回して、後ろにいる千紘を呆れたように見る椿。千紘はキスをして誤魔化す。


「……たぶん、誰かに愛を与え続けるのが疲れたんだ」


 その誰かが千歳のことを指しているのだと、千紘は分かっていても口に出さなかった。


「千紘は、俺を愛してくれた。もう、普通の愛し方じゃ物足りなくなった。こんな俺を受け止められるのは、千紘だけだから」

「……こんな愛し方を許されたら……俺はもう、椿以外は愛せなくなるな」

「俺以外を愛するつもり? そんな予定があるなら、俺は……」

「言葉の綾だ。椿を生涯愛するに決まっている。いや……死んでからも、椿は俺の物だ」


 しっかりと抱きついて、千紘は椿を逃がさない狂気を見せた。まきつく腕が椿を拘束する。


「それならいいよ。俺を離さないで。もしそんなことしたら……千紘を殺して俺も死ぬ」


 椿は絡まった腕を撫でて、千紘の頬にキスをした。


「俺から逃げるなら、今のうちだよ? 俺はもう、千紘が好きだった時の俺じゃないから。たぶん戻らないし。嫌なら……」


 千紘はその先を言わせないために、唇で塞いだ。キスをしやすい体勢になるよう、わざわざ椿の体を向かい合わせにさせてまでだ。椿は驚いたが逃げずに、行為を受け入れる。

 口の中を散々荒らされた後、ようやく唇が離れると、椿は酸素不足で息切れしていた。目元は赤く、潤んでいる唇が艶めかしくて千紘はもう一度キスをしたい気持ちを抑える。


「俺が好きなのは、愛しているのは、目の前にいる椿だ。思い出を好きになっているわけじゃない。理想を愛しているわけじゃない。たくさんのことがあったけど、今こうして腕の中にいる椿を俺は愛おしく思っている」

「……こんな俺を、愛してくれる?」

「当たり前だ。やっと手に入れたのに、この腕に堕ちてきてくれたのに、手放すなんて馬鹿な真似するわけない。椿の全てを愛すると誓うよ」


 しっかりと抱きしめた千紘に、椿はふふっと笑う。


「誓いの言葉みたい」

「それはいいな。俺と結婚しよう、椿」

「……え」


 椿にとっては軽口のつもりだった。しかしプロポーズが返ってきて、間抜けな顔になってしまう。上手く処理できていない。


 そんな顔をする椿がおかしくて、可愛くて、千紘は笑う。子供みたいに無邪気に笑うから、椿は驚いてまばたきを繰り返した。


「どう、俺と結婚してくれる?」


 千紘は椿の手を取り、左の薬指にキスをする。さらには口に入れて、根元で軽く噛んだ。それが段々と強くなっていき、ギリギリと歯が立てられる。

 椿は痛みに顔をしかめたが、それでも千紘の行動を止めなかった。噛みちぎられる可能性がゼロではなかったけど、仮にされたとしても千紘の血肉になるならと、誓いの証になればいいと考えた。


「いいよ、結婚しよう」


 千紘は本気で噛みちぎるつもりだった。椿の一部でも、血肉になればいいと恍惚とした気分になった。しかしその前に、噛む力を緩める。椿は、全部揃っていなければ意味が無いと。

 しかしすでに、指にはしばらく消えない痕が残っていた。椿はその痕を嬉しそうに眺める。


「きちんとした指輪も贈る。式も挙げたい。椿が俺のだと、たくさんの人に知らしめたいからな」

「式を挙げるなら、ちゃんと家族に挨拶しないと駄目だよ。世間もしばらくうるさいだろうな」


 元々、椿は千歳と婚約していた。それを世間に公表している。

 それにも関わらず、千紘と結婚するのを発表すれば、世間からバッシングを受ける。弟から兄に乗り換えたと、下衆な勘ぐりをされる。事実として間違っていないが、面倒なことになるのは明白だった。


「大丈夫だ。俺が椿を全てから守る。騒ぐ奴らなんか、全部蹴散らしてやるよ。椿は安心して、俺の腕の中に入ればいい」


 椿を腕に閉じ込めて、千紘はくふくふ笑う。機嫌がいいので、椿もあまり言いたくはなかったが黙ってもいられない。

 腕の中でモゾモゾと動き、千紘の額にデコピンをくらわせた。軽くだったが、笑いが止まる。


「椿?」

「……守ってばかりは嫌だ。一緒に解決するのが愛でしょ」


 椿は快活に笑い、そして千紘の体を抱きしめた。

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