第43話 彼の元


 千歳は、千紘の居場所を知っていた。本人が家に挨拶しに来た時に、ポロっと零したからだ。

 言うつもりはなかった千紘は、絶対に誰にも話すなと強く口止めをした。


「え、普通に教えているけど大丈夫なの?」


 その話を聞いて、椿は千歳の心配をする。


「大丈夫だよ。だって話してないから。場所をスマホで見せただけ」

「それは屁理屈って言うんじゃない?」

「いいのいいの。はっきり言わなかった千紘兄ちゃんが悪い」


 ヒラヒラと手を振りながら、千歳はなんてことないように答える。いつもの千紘であれば、こんな屁理屈をこねられないぐらい徹底的にしたはずだ。それぐらい切羽詰まっていたのだと考える。椿のことになると、千紘は冷静ではいられない。

 椿を失わないために、遠ざけるべきではなかったと千歳は後悔しそうな気持ちを追いはらう。


「千紘兄ちゃんはさ、肝心なところで格好つけようとするから、椿が振り回すぐらいでちょうどいいよ。押せ押せでいけば、きっと上手くいくから頑張れ」


 千歳は、椿の頭に手を伸ばす。そして、ぎこちなく一度だけ撫でた。


「これからも、友達としてよろしく。何かあったら、いつでも話を聞くから」

「……千歳」

「ほら。行きたくてうずうずしているぐらいなら、早く千紘兄ちゃんを迎えにいってあげて。俺はここで待っているよ」


 千紘の居場所を教えられてから、そわそわと落ち着きのない椿の背中を押す。頭から手を離して、カップを持ち上げて笑えば、椿の目が潤む。


「ありがとう、千歳。行ってくるね」

「うん。いってらっしゃい」


 残っていたカフェモカを一気にあおった椿は、荷物を手に取り慌ただしく入口へ向かった。


「ごちそうそまです、烏森さん。また来ます」

「はい、気をつけてください」


 出ていく前に会計をしようとする椿を、千歳は手をあげて制した。


「これまでのお詫びってことで、今日は俺が払うから。気にしないで行って」

「千歳……本当にありがとう! また!」


 焦っていたので行動が騒がしかった椿がいなくなると、店は静けさを取り戻した。

 千歳はカフェモカを飲むと、息を吐いた。


「これで、よろしいのですか?」


 その姿は哀愁があり、見守ると決めていた烏森は思わず確認する。


「いいんです。俺は気づくのが遅すぎた。自分を優先して引っかき回すより、椿を後押しするのが俺の役目です。……格好つけは兄譲りなんです」


 烏森からすれば、千歳はまだまだ若い。諦め見守るのではなく、がむしゃらに相手を追いかけてもいいはず。

 しかし本人の決めたことの口出しはせず、心に傷を抱える千歳を少しでも癒す方へ動く。


「コーヒーが苦手でなければ、もう一杯いかがですか。お好きなものを、私からのお礼としてサービスいたします」

「でも……」

「この前は失礼な態度を取ってしまいましたから、そのお詫びです」


 メニューを差し出し、千歳に好きなものを選ぶように伝えた。初めは遠慮しようとしたが、そう言われてしまえば断れなかった。


 ブレンドコーヒーを頼むと、千歳は椿が出ていった方を見つめる。椿が上手くいくことを願いながら、その頬に一筋の涙が流れた。

 烏森は千歳の涙を見ないふりして、コーヒーを淹れた。



 ♢♢♢



 千紘が椿から姿を隠すために選んだ先は、ほどほどに栄えた場所だった。

 田舎を選ぶと勝手に思っていたので驚いた椿だったが、こういうところの方が身を潜めやすいのかと感心する。


 田舎は独自のコミュニティがあり、余所者には敏感だ。こもっていればやましいことがあると疑われ、不要なトラブルに発展する可能性もある。


 反対に都心だとこもりやすいが、全く家から出ないわけにもいかない。

 外出を最小限に留めたとしても、人の目が多い。顔を知られている千紘は、バレる確率が高くなる。

 社長辞任の件で、世間を騒がせているから余計にだ。


 その点、中ぐらい規模の場所であれば馴染みやすい。

 他人と関わらないで住むところを選べば、気付かれずに暮らせる。

 仮に気づかれそうになっても、すぐに場所を移せるほどの蓄えが千紘にはあった。

 ほとぼりが冷めるまで、しばらく潜んでいるつもりだったようだ。


「……ここか」


 駅を出た椿は、都心ほどは高くない建物を見上げた。


 千歳に背中を押され、『喫茶店ろまん』から一直線に来た。特急を使ったが、すでに昼が過ぎて夕方に近い時間になっていた。


 移動中、親が心配しないようにと連絡を入れたが、そのせいでひと悶着あった。

 勝手な行動は許さないと止めるのを無視して、必ず帰るから心配しないでとだけ伝えると電話を切った。

 その後は何回か連絡があったけど、全てを無視した。GPSで居場所を探られたら困るので、生き方を調べておくと電源をオフにしたぐらいだ。


 何時間にも渡る移動。

 千紘のいる場所まで遠いと焦れる椿は、景色を楽しむ余裕もなかった。

 千紘に会ったらどうしようか。それだけしか考えられなかったのだ。


 そうして最寄りの駅に着くと、調べていた情報を使って千紘のいる場所へ向かう。

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