第44話 辿り着く
千紘がいるのは、南津家が関係しているものではない。
椿も一度だけ会った――というか、助けられたことのある千紘の部下が前に住んでいたらしい。あらかじめ周囲の情報をもらえて、椿が自力では辿り着けない絶好の場所だった。千歳が屁理屈でバラさなければだが。
「ああ、迷いそう」
初めて来た土地。
道順を頭に入れていても、迷わずに行けるかどうか不安になりながら、椿は休まず進む。
駅から歩いて30分はあるので、自転車があれば良かったと考える。
バスが出ていないわけではなかった。しかし本数が少ないのと、乗り物酔いをしたくないから避けた。
目印となる建物と店を発見して、地道に進む以外なかった。
どんどん近づくのと比例し、椿の心臓がうるさいぐらいに騒ぐ。
もう少しで千紘に会える。
そう思うだけで嬉しいやら、緊張するやらで気持ちはぐちゃぐちゃだった。
「……着いた」
教えてもらったアパートにとうとう着き、椿はとりあえず外観を見る。
ごく平凡な、綺麗だが椿の中にある千紘のイメージとは合わないアパート。セキュリティ面も心配になる。
ここに本当に住んでいるのか一瞬疑うが、そういったありえなさで選んだのかもしれないと、計算高さに驚かされた。
オートロックはないので、簡単に部屋の前まで行けた。
やはり心配だと、椿は挙動不審に見回す。住人がいたら通報されそうな怪しさだった。
早くインターホンを鳴らせばいいのに、体が震えて出来ない。
そもそも今日会えるとは思っていなかったので、心の準備をする時間がなかった。会ってどうするかも、結局考えていない。
顔には出ていないけど、パニック状態だった。
そのまま5分、10分と動けずに時が経つ。住人が通らなかったのは、椿にとって幸運だった。
しかし、誰かが向かってくる足音がする。その人は、一直線に椿のいる場所に歩いてきた。
通報されたら面倒なことになる。
パニックになった頭でも、それだけは分かった。
まだ未成年なので親が呼ばれ、千紘に気づかれ逃げられる。ここまで来たのに、そんな終わりは無い。
怪しくない風を装ってやり過ごすために、向かってきた人を見る。
「……え」
椿は、思わず声が出てしまった。
向こうは声も出なかった。
お互いに見つめあって、そして先に動いたのは相手だった。
くるりと踵をかえし、持っていた荷物を放り出して逃げた。
「待って!」
理解が追いつかず椿は数秒固まったが、逃がしてはならないと椿は追いかける。
数秒の遅れがあり、椿にとって不利だった。さらに地の利は向こうにある。見失ったら終わりだと、必死に追いかけた。
しかし病み上がりなのもあり、どんどん差が開いていく。
このままだと逃げられる。椿は良くないと分かっていたが、他に方法は無いとわざと大きなうめき声を上げてうずくまった。
「うっ、ううっ」
胸を押さえて苦しめば、相手の姿は見えなくなる。逃げられてしまったら、もう追いかける手立ては無い。椿は大きな賭けに出た。
負ければ、もう二度と会えない。しかし勝算はあった。
「椿!? 大丈夫か!?」
そして賭けに勝った。自分の方へ駆け寄ってくる足音に、椿は見えないように口角を上げる。勝った嬉しさもあったが、それ以上に戻ってきてくれたことが嬉しかった。
椿と同じようにしゃがみ、大丈夫かと触れる腕を絶対に離しはしないと掴む。
「……つかまえた」
顔をあげて笑えば、千紘は大きく目を見開いた。
♢♢♢
千紘はもう逃げないと言ったが、前科があるので椿は腕を掴んだまま移動した。掴んでいる状態だと人目が気になると、さりげなく手を繋いだが、目立つ度合いでいうと同じぐらいだったかもしれない。
絡められて恋人繋ぎをされた千紘は驚いたが、振り払わずに椿の好きにさせた。振り払って傷つけるのを恐れたのだ。椿に関しては、かなり慎重になっている。
そのまま2人は、千紘の住んでいる部屋へと戻る。他に落ち着いて話ができる場所が見つからず、渋った千紘を椿が押し切った形だ。
警戒心がないのかと考えているのを、椿は何となく察していた。そして馬鹿じゃないかと、心の中でひっそりと文句を言う。
部屋に行くのを避けるぐらいの気持ちであれば、椿は今ここにいない。わざわざ探すわけがないのに、千紘はその辺が分かっていない。
もしかして、俺が文句を言いに来たと怖がっているのか。椿はふと考える。
意識を失ってから、椿は千紘に一度も会っていなかった。気がついた時には姿を消していたので、謝罪も説明も受けていない。
千紘は贖罪から、椿の前に二度と姿を現さないと決めて、ここまで逃げてきた。おそらく、椿の近況を知らない。
椿がどれだけ千紘に恋焦がれ、彼を探すために苦労したことも、まだ知らない。
全てぶちまけてしまおうと、椿は決心する。それぐらい本気でぶつからなければ、きっと千紘は信じられないと、根拠はないが思った。
しっかりと愛を受け止めるといい。
椿はなんだか楽しくなってきて、気付かぬうちに鼻歌を奏でていた。それを聞いた千紘が、断罪までのカウントダウンだと勘違いして怖がったのも知らずに。
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