第41話 椿の気持ち
千歳は椿の存在が出来てから、自信を持つようになった。
椿は千歳に頼りきりだった。友達になってからも、他の人には怯えてすぐに千歳の後ろに隠れた。言葉だけは仲良くしなきゃ駄目だと注意していたが、そういったことがあるたびに千歳は満足感を得ていた。
それに、椿が千紘に対してなかなか懐かなかったのも、千歳を内心で喜ばせた。椿が頼るのは自分だけ。兄ですら、逃げられて仲良くできていない。とてつもない快感。幼いながら、千歳は状況を楽しんでいた。
しかし千紘の懸命な努力のかいあり、椿は徐々に警戒心を解いていった。年長者としての魅力に気づき、一人っ子の椿は兄が出来たと喜んだ。そして、困った時は千尋にもアドバイスを求めるようになり、知らない人が現れると彼の後ろに隠れることも増えた。
自分だけに頼らなくなった椿が、千歳は少し面白くなかったけど、これで千紘も入れて3人で遊べると切り替えた。
それに、いくら千紘に懐いたとはいえ、椿は千歳にべったりだった。大好きオーラを隠さないので、親達は椿は千歳のことを本当に好きだと笑ってからかうほど。
怯えた顔が、千歳を見るとパッと輝く。その顔が千歳のお気に入りだった。ふにゃふにゃと笑いながら、服の裾をずっと掴んでくるのも嬉しかった。
自分が守る存在。自分無しでは上手く生きられない存在。千歳は知らず知らずのうちに、椿を自分よりも下に位置づけた。
椿と一緒にいると、千紘と比べられたりしない。千歳の方が凄いと周囲は言ってくれる。
椿は椿で、千歳に全信頼を向けていた。頼れる相手がいないから、こんなに傍にいようとするのだと、椿を愚かで可愛いと思った。
千歳は、椿が自分に親愛以上の好意を抱いているとは、露ほども気づかなかった。どんなに大好きオーラを浴びせられても、それは頼っているからだと勘違いしていた。
椿の大きな愛情に慣れすぎて、感覚が麻痺していたのかもしれない。成長するにつれて、椿も感情を隠すようになったので、さらに千歳が気づけるきっかけが無くなった。
「……椿は、千紘兄ちゃんが好きだった?」
千歳は、ずっと疑問だったことを聞く。
好意を隠すのが上手くなった椿。しかし、他の人に対する態度は変わらなかった。千歳は傍で見ていて、千紘を信頼している椿が彼を好きなのではと思った。そしてその考えが当たっていると決めつけ、どんなに椿が千歳にたくさんの好きを与えても、自分を好きだとは修正出来なかった。
椿がいなくなってから、千歳は彼と過した日々を思い返した。
婚約すると言われた時、椿の顔に隠しきれない喜びが広がったのを、彼は確かに見ていた。しかし、それについても千紘が義理とはいえ兄になるから喜んだのだと勘違いした。
よくよく考えてみれば、椿は自分に恋愛感情を向けていた。
思い出を蘇らせていくたび、千歳はそう思ったが簡単には認められなかった。認めてしまえば、自分のした行動がどれだけ酷かったか突きつけられてしまうからだ。
それでも消えろと言った時の、椿の全てに絶望した顔は、彼に対する好意を示していた。だから、観念して認めるしかなかったのだ。
ただ、本人の口から直接聞きたくて、ずるい質問の仕方をした。
椿は少し考えて、悲しげに笑う。あまりに儚い表情に、千歳は息を飲んだ。
「……俺はずっと、千歳のことが好きだった。千紘さんのことは、頼れる兄という以上の感情を抱いていなかったよ」
ずっと見ないふりをしていた事実。もう逃れることは出来なくて、千歳は手を重ねていなければ胸をかきむしりたいぐらいの衝動に襲われた。
椿の言い方が過去形だったと気づいてしまい、心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じる。
「……でも今は、千紘さんが好き」
そして椿は、彼の心をナイフで突き刺す言葉を続けた。息が止まるほどの衝撃に、千歳は目の前が暗くなるほどショックを受けた。
何となく椿の雰囲気から察していたが、本人から言われるダメージの大きさは計り知れない。
椿は千歳にはっきりともう気持ちがないと示すため、本来は言わなくてもいい宣言をした。口にするのは恥ずかしくてつかえてしまったが、はっきりと意思を伝えた。
「もう、気持ちは変わらないの? 俺が変わったとしても、椿を好きになっても駄目なの?」
千歳は仮定の話ですがりついてきた。椿は太一と行動が似ていると、本人達は認めないだろうけど思った。
はっきりと伝えたつもりでも、前は好きだったという言葉で期待を持たせてしまった。浅はかなことをしたと、椿は反省する。
期待を持たせない。きっぱりと諦めさせなくては。それで、お互いの間に溝ができたとしても。
椿は緊張しながら、小さく息を吸う。そして千歳の手を引き寄せた。
「ごめんね、千歳。何があったとしても、千歳をもう好きにならない。俺の千歳を好きだった気持ちは、もう変わって取り戻せないから。俺は愛を見つけた。千紘さんのおかげで」
優しく突き放されて、千歳は唇を噛む。気持ちをもっと早く分かっていれば、千歳の隣には椿がいた。
それを手放したのは、他でもない自分だった。後悔しても、すでに手遅れ。
しかし椿にあたりたくないから、泣かないように痛みでごまかした。
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