第38話 探す


 それから太一は、二度と椿の元に訪れなくなった――ということはなく、頻繁に顔を見せに来ている。


 後ろめたさで来ているのなら構わないでほしい。何度も来るので椿がそう伝えると、太一は首を横に振った。自分の好きでやっているのだと頑なだった。

 本人が来たいと言っているのに止める理由がなくて、椿は拒否できなかった。


 しっかりと睡眠と食事をとるようになると、椿は猛スピードで回復した。若さと、それ以上に千紘を早く探したいという気持ちがあったからだ。

 誰も駄目とは言わなかった。やると決めたら、椿は絶対に諦めない。それを知っているので、下手に反対してまたいなくなるのは困ると、口を出せなかった。

 椿も周りの微妙な感情を察していてなお、自分でも止められないと覚悟を決めた。


 千紘を探す。それは、あまり大変なことのように椿は思えなかった。

 千紘は若くして才能を発揮したため、良くも悪くも目立つ存在である。SNSやニュースで何回も取り上げられていて、動向を探るのは難しくない。

 闇雲に手を出すよりは、そちらの方面から調べた方が早いと考えた。


「……そのはずだったのにな」


 パソコンを前にして、椿はため息を吐いた。

 とりあえず千紘の名前で検索をかけたところ、まっさきにある記事が目に飛び込んできた。


『南津千紘氏、社長辞任!!  理由分からず』


 ――辞任。その言葉を、椿は信じられない気持ちで見つめた。見間違いかとまばたきをしたが、文字が変わることは無かった。

 千紘は仕事に誇りを持っていて、社長になるまで大変な苦労をした。


 それなのにも関わらず、突然辞めるなんてありえない。ライバル会社の作ったフェイクニュースなのではと、詳しく読んでみたがソース元はしっかりとしたものだった。

 千紘が辞任したのは間違いない。そして、それからの消息は不明で、急に手がかりがなくなってしまった。


「……俺のせいだよね。俺の前に二度と現れないって約束したから、だからこんなことしたんだ……」


 椿の前から姿を消すためには、千紘は有名すぎた。仕事を続けていれば、いずれ顔を見る機会があった。

 それを避けるのに、千紘は仕事を辞めた。椿のため、椿のせい。


「俺は……千紘の人生を狂わせた。俺がいなければ、千紘は……」


 千紘本人が、前にそう言っていたのを思い出した。千紘のことを思えば、椿は彼を追いかけるべきではない。椿が関われば、また不幸にさせるかもしれない。

 しかし椿は、それでも千紘に会いたかった。会って話がしたかった。何を話すかまでは、まだ決めていない。


「諦めの悪い、俺でごめんなさい。でも、そうしたのは千紘さんのせいもあるから……ごめんなさい」


 ネットで探すのを諦めた椿は、したくはないが手段を選んでいる場合ではないと、ある人物に連絡を取ることにした。



 ♢♢♢



 無視されると思っていたが、椿の連絡に返信があった。何回かやり取りを交わしていると、向こうから会おうと言ってきた。

 椿はどうするべきか少しだけ迷った。顔を見せないやりとりなら楽だったが、会うとなるとまた違ってくる。

 上手く話が出来るかどうか、椿は自信がなかった。


 さすがにそれは難しい。そう断ろうとしていたけど、しばらくして考え直した。

 彼とも一度会って話をするべきだ。別れ方が微妙だったから、悪い思い出で終わらせたくない。


 椿も相手も、落ち着いて話が出来るはず。千紘がいなくなった今なら、きっと大丈夫。

 椿は覚悟を決め、了承の返事をした。

 向こうは返信を待っていて、すぐに会う日時をどうするか相談が行われ、そして椿はもう断れない状況になった。

 やはり受け入れるべきではなかっただろうかと、その日が来るまで椿は何度も後悔し続けた。

 それでも中止の連絡をせず、とうとうその日が訪れた。



 ♢♢♢



 椿は前日なかなか眠れず、予定よりも早く目覚めてしまった。二度寝しようとしたが、眠気はあるのに色々と考えてしまい、結局諦めてベッドから起きた。

 あらかじめ、太一に今日は予定があって家にいないから来ないでくれと伝えている。すれ違いになって、家で待たせていても仕方ない。太一は、どこで何をするのか聞いてこなかった。興味が無いのか、無いふりをしているのか椿には判断できなかった。


 早くに目覚めて、何もすることがなく出かける準備をしていれば、家を出ようと考えていた時間よりもだいぶ早く終わってしまった。

 準備万端な状態で家でじっとしているのも面倒で、椿はゆっくり行けばいいと考えて家を出る。

 静かに準備しているつもりだったが、母親が見送りに玄関まで来た。心配していても、それを表に出さないように、何時に帰ってくるのかだけ尋ねる。しかし何時になるか分からないので、それを正直に椿は言った。


「……そう、気をつけていってらっしゃい」


 どこか気まずい空気の中、椿は逃げるように急いで扉を通った。


 目的地に向けて歩きながら、腹の上辺りが重苦しくなっていく。緊張しているのだ。

 これから会う人物は、それだけ椿の気を落ち込ませた。


「……本当に来るのかな、千歳」


 そう呟いてしまうほどに。

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