第34話 依存関係
「椿、これ」
「わ、ありがとうございます。今日は豆大福ですか。これって、有名なところのですよね」
「ああ、評判らしいから買ってきたが……好きか?」
「はい。ずっと気になっていたので、食べられるなんて嬉しいです」
「それなら良かった」
ほっと息を吐いた千紘は、荷物を置くと椿の体を抱きしめた。
「あー、椿不足で疲れた」
「お疲れ様です。今回もお仕事大変だったみたいですね。また無理言われましたか?」
「そうなんだよ。無理だって分かっているくせに、大きな要求ばかりしてくる。俺を若造だって見くびっているんだよ。年齢だけでしか、優位に立つ理由がないなんて阿呆らしい」
「随分と鬱憤がたまっているみたいですね。お風呂を沸かしておいたので、ゆっくりと浸かってください。今日は千紘さんの好きな物、作ってありますから」
抱きしめた状態で愚痴を零す千紘に、椿は背中を叩いてなだめる。千紘は優秀だが、それでも仕事のストレスはたまる。その愚痴を聞いて、椿はできる限りリラックスしてもらえるように様々な手段を用いた。
千紘は椿の作る料理を全て美味しく食べるが、特に和食を好む。そのため椿は、何品か作り置きしておいて、いつでもすぐに出せるようにしていた。時間はたっぷりあるので、煮物などの時間がかかる料理も、出汁から作っている。
他にすることが無いから、どんどん凝り性になっていた。ネットは使用許可が出ていないので、勉強は買ってきてもらったレシピ本と料理番組から得ている。
全ては、千紘に喜んでもらうために。
椿が回復して、自ら拘束される選択をしてから、千紘は仕事で外に出る日が多くなった。初めは帰ってくるたびに、椿がいるのをまっさきに確認して安心していた。
前に一度だけ、椿がうたた寝をしてしまい出迎えられなかったことがあった。
千紘の取り乱しようは凄まじかった。椿の名前を呼び続け、寝ていただけだと分かった後も視界にいないと怯え、風呂はもちろんトイレにまで着いてくる始末。それが1週間続いた。
このことがあってから椿は、千紘が帰ってくる予定時刻をメッセージで送ってもらい、その時間は必ず起きているようにした。
外で車の音がしたら、何をしていたとしても一旦止めて、扉の前に待ち構えておく。
千紘が帰ってきたら、一番に出迎えるためだ。
そうすれば彼の精神は安定して、次の仕事に行く日を嫌がる時間が少なくなる。仕事の邪魔や足枷にだけはなりたくないと、椿は自分に出来ることは全て行った。
千紘が買ってくる手土産は、その日のうちにすぐ食べないと彼が拗ねる。それに椿も美味しく食べたいので、夕食後のデザートにすることが多かった。
「美味しいか?」
「はい。凄く美味しいです。もちもち、あんこも上品で、豆との相性もいいですね。……そういえば、昔は豆大福あまり好きじゃなかったんですよ」
「そうだったか? 好きで食べているイメージがあったけど」
「大福は好きでしたけど、豆が入っているのが嫌だと思っていました。でも美味しく食べているのを見て……」
そこで、椿は言葉を止めた。
あからさまな態度に、千紘はわざとらしくにっこりと笑った。
「美味しく食べるのを見て? それから?」
「い、や……ごめ、なさい」
「どうして謝るんだ。続きを話してくれよ」
テーブルに肘をつき、千紘はん、と首を傾げて続きを促す。椿は震えながら謝ったが、全く許してもらえなかった。
「……美味しそうに食べるのを見て、どうなんだろうって食べてみたら……美味しいなって。豆もいいアクセントになっているんだって。そう思って、好きになったんです……」
「へえ、そういうことがあったんだ。知らなかった。……千歳、一時期豆大福にハマっていたことがあったなあ」
千紘はにこやかなままだが、椿はカタカタと震える。千紘の目は笑っていなかった。どんどん冷めていく。
「まあ仲が良かったら、そういうことはあるか。好きな人の好きな物を好きになる。普通のことだ。うんうん。そんなに怯えるなよ。まるで俺が脅かしているみたいだろ」
椿の口元に手が伸ばされた。殴られるかと思い、椿は目を強くつむった。しかし軽く拭われただけでとどまる。
「口に大福の粉がついてた。……もしかして殴られるかと思った? 俺が椿に暴力をふるうわけない。そんなことをすると思われていたなら、さすがに心外だな」
椿が目を開けると、千紘が悲しそうな顔をして笑っていた。そのままゴシゴシと粉を綺麗にされた椿は、申し訳なさから視線をそらす。
「……千紘さんがそんなことをしないって分かってます。ごめんなさい」
「いいよ、今日は椿に甘えさせて。一緒にベッドで寝てくれるよな? 椿は抱き枕だから」
「はい。本当にごめんなさい」
「謝られると嫌になるから、それ以上は言わないでくれ」
「……はい」
もう何も言えなくなった椿は、残りの豆大福を口に入れたが、何も味がしなかった。
一見穏やかに見えるこの生活も、危うい中で保っているのだと、椿は自覚した。
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