第27話 追い詰められていく


 椿は寮の部屋に帰りづらくなって、学校に居残るようになった。ギリギリまで図書室で過ごし、部屋に帰ってもすぐに自室に引っ込んだ。

 食事も、購買で調理しなくて済むインスタント食品を大量に買って凌いでいた。

 精神的にボロボロで、その顔からは笑いが消えた。目の下にはクマが出来、顔色も悪かった。


 普段であれば、椿の変化に太一も気づく。こうなる前に対処する。

 しかし、この時太一には西井が引っ付いていた。彼はトラブルメーカーで、周りを巻き込んで騒ぎを起こした。その尻拭いを太一が行い、椿の様子に気を配れないほど走り回っていた。


 騒ぎを起こす西井が、故意でしているように太一には見えず、たしなめたり離れられなかった。目を離すとトラブルを引き寄せる。傍にいないと、危なっかしくて太一の心臓に悪かった。それならずっと一緒にいて、すぐに対応出来るようにした方がいいと考えた。


 そこで少しでも椿のことを思い出していれば、この結論には至らなかったはずだ。一度話しかけた時に、本人は大丈夫だから西井の面倒をみてやってくれと言われたが、その顔が強ばっていたのに気づくべきだった。しかし諸々の対応に疲れていたせいで、大事な場面で見逃した。


 落ち着いたら、西井が1人でも平気になったら。そう言い訳をしながら、自分を納得させた。

 結局千歳も現れなかったし、しばらくは大丈夫だろうと甘く見積もった。

 目を離せば、椿がとんでもないことに自分から飛び込むのを忘れていた。



 ♢♢♢



 椿は追い詰められて、まともな思考を出来なかった。眠ると嫌な夢しか見ず、寝るのが怖くなった。学校に行っても授業に集中できない。

 太一と西井が楽しそうにしている様子が、どうしても視界に入ってしまい、声が耳に入ってしまい辛さが倍増した。


 もう少しだけ待っていれば、必ず元通りになる。そう信じて頑張っていたが、椿を追い詰める出来事がすぐ傍まで迫っていた。


 烏森や両親からの連絡に、不調を悟られないように隠しながら会話をするのが上手くなっていた。

 こういうところの器用さが、首を絞めていると椿は自覚がない。電話で話しをしている間は、救われたように気分が明るくなった。空元気も含まれていたが、実際に楽しかった。


 しかし、その反動が大きい。連絡が終わると、椿は死にそうな気分になる。本当に死ぬわけではないが、真っ暗闇に取り残されたようだった。


「まだ大丈夫。まだ耐えられる」


 そういった言葉を自身にかけている時点で、かなり追い詰められているのは明白だった。体を強く抱きしめて、椿はこの辛さから耐えられる術を探した。


「……あ」


 あのメールを思い出したのは、必然だったのかもしれない。

 何も考えずにやり取りを出来ていたのが、今思うととても楽だった。

 受信を拒否する設定をしたが、それはいつでも解除可能だ。反対していた太一がいないため、椿の行動を誰にも止められない。


 設定を変更して、今まで送られてきたメールを確認しようとしたが、椿は考え直した。

 そして、新規メールに文字を打つ。4文字だったから、すぐに出来た。


『たすけて』


 変換すらもままならないそれを、少しだけ迷ってから送信した。

 たったこれだけの行動も、疲れ果てている椿にとっては大変だった。スマホを脇において、ベッドに倒れる。

 目を閉じて寝ようとしたところで、メールを受信した音が鳴った。


 まさかとは思いつつ、重い体を動かしてスマホに手を伸ばす。

 そして画面を見ると、そのまさかが起こっていた。


『たすけるまってて』


 向こうも急いで送ったのか、変換も改行もしていない。

 脳が上手く回っていなかった椿は、初めはなんて送られてきたか理解出来ず、しばらくして分かった。


 知らない人だが、自分を助けに来てくれる。それが嬉しくてテンションが上がり、ベッドから起き上がると部屋から出た。


「!?」


 部屋を出ると、すぐに共有ルームがある。西井が来る前は、そこで椿は太一と過ごしていた。

 しかし今は太一と西井がいて、2人が抱きしめ合っているのを椿は見てしまった。


 衝撃で椿は声が出なかった。

 別に、椿と太一は恋人同士ではない。誰と抱きしめ合っていようと、彼は文句を言える立場では無い。

 それでも、太一に裏切られたと感じた。


 勢いよく部屋の扉を開けたため、太一も西井も音で気づいた。椿の方を勢いよく見た顔は、両極端なものだった。


 太一は焦った様子で、口をパクパクと開いたり閉じたりしている。なにか言おうとして、言葉に出来ていない。

 西井は、またあの挑発的な笑みを浮かべた。そして、未だに抱きついたままの腕に力を入れた。


「違っ」


 ようやく何を言うか決まったのか、彼は西井の体を突き放すようにして、距離をとった。

 違うと言いながら椿の元へ寄るが、それを椿は拒否した。


「こないで」

「椿?」


 拒絶されて驚いた顔をする太一に、椿は心が冷めていくのを感じた。結局、誰も信じられない。

 椿は太一の脇をすり抜け、寮の部屋から出ていく。


「椿っ!」


 その背中を追いかけるように、太一の叫びが聞こえたが、椿は聞こえないふりをして走った。

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