第26話 編入生


「今日から編入する、西井にしい友貴ゆうきさんだ。みんな仲良くするように」

「西井友貴です。よろしくお願いします」


 編入生は千歳ではなかった。

 椿も太一も見覚えがない。構えて準備していただけに、肩透かしを食らった気分になる。


「えーっと、西井の席は……東雲の隣だな」

「はい」


 担任に教えられた空席に座った西井は、隣に向かって笑みを浮かべて挨拶をした。


「僕は西井友貴。東雲君? だっけ。よろしくね」

「ああ、よろしく」


 挨拶をされたは、言葉少なく頭を下げた。



 ♢♢♢



 椿の場所がバレないために、編入当初から椿と太一は名前を取り替えていた。偽名を使う案も出たが、呼ばれてすぐに対応できないかもしれないと、交換することになった。

 学園の中で知っているのは、美間坂学園長だけという徹底ぶりだ。

 編入する前から練習を重ねていたので、ボロが出たことは一度もない。


 さらに念のため、椿は軽く変装もしていた。

 千歳の前からいなくなり、身長は180センチまで伸びた。

 これまでは短くしていた髪を、伸ばして目にかかりそうなぐらいにした。染めようともしたが、髪に負担があると却下されて、軽くパーマをあてるだけに留めておいた。


 たったこれだけのことでも、昔の椿を知っている人は、パッと見分からないぐらいの効果があった。爽やかな少年から、アンニュイな青年に変わったのだ。よくよく見ないと気づかない。見ても気づかないかもしれない。


 そうやって千歳対策をしていたが、来たのは別に人間。やはりやんごとなき家の人だったのではないかと、椿は安堵の息を吐きながら太一を見た。

 正確には、西井の方だが。

 西井は可愛らしく、まだ幼さの残る顔立ちをしていた。ふにゃりと笑い、それが周囲の空気を和らげている。太一とも、一言二言だが会話が続いていた。初対面にしては、かなり珍しい。


 その様子を離れた席で眺めていた椿は、少しだけ面白くない気分になった。どうして太一が楽しそうにしているのかと、自分の時よりも仲良くなるのが早いのではないのかと。

 不機嫌な目を向けていれば、西井と視線が交わった。


「っ!?」


 その瞬間、椿は確かに西井が笑っているのを見た。しかも目が合った愛想笑いではなく、邪悪な類の笑い方だった。椿が声もなく驚いているうちに、気がつけば西井の表情は人懐っこいものへと変わっていた。


 見間違いか、椿は自分の目が信じられずにこすった。そうしたところで特に変化は怒らず、気のせいだと思うことにした。



 ♢♢♢



 西井は、またたく間に人気者になった。

 その人懐っこい性格と、容姿の良さからどんどん人を魅了していった。

 しかし本人は、いつまでも太一にくっついていた。


「太一君と一緒にいると安心するから」


 そう言って笑い、どこにいくにも傍を離れない。まるで子供のようで、太一も強く拒否は出来なかった。いつか離れるだろうと、軽く考えていた。


 数日経っても、数ヶ月経っても、西井は太一から離れたりしなかった。むしろひっつき具合は増した。

 どこへ行くにも太一の後ろをついていき、みんなはそれを微笑ましげに見ていた。西井が可愛らしい容姿をしていたので、まあ仕方ないと受け入れられた。


「……僕、一人部屋は心細くて」


 荷物を持って部屋を訪ねてきた時も、太一は断れなかった。椿のことを考えたが、西井が涙をにじませたので慌てて中に入れ、そのまま居着かれてしまったのだ。


 椿は、太一に近づけなくなった。

 傍を離れたくはないが、西井に近づきたくなくて距離を置いた。

 西井は裏に何か隠している。椿はそう感じたのだが、太一には言えなかった。根拠もないのに、人を貶めることはしたくなかったのだ。


 そのせいで望んでいないのにも関わらず、椿と太一の間に距離があいた。寂しさと不安を感じていたが、わがままを言って困らせたくないと我慢した。

 太一は自分のものではない。それなのに、独占欲を出すのは違うと。

 そう思っていたが、なんとか我慢していた。


 学校でも寮でも太一と一緒にいられず、椿は居場所がないと精神的に追い詰められていく。しかしそれを表には出さなかった。相談できるわけもなかった。

 千歳の件で迷惑をかけたこともあり、椿は太一に負担をかけられないと思い込んだ。ただでさえ、西井の面倒を見るので大変な思いをしている。そう考えたら、何も動けなかった。


「椿」


 ある日、椿に太一が話しかけた。最近話しかけられず、一緒にいられないのを気にしていた。椿が憔悴しているように見えたので、心配して尋ねたのだ。

 久しぶりに話しかけられて、椿は嬉しさを感じた。太一の姿を見たくて、勢いよく顔を向けた。


「……あ」


 太一は1人ではなかった。その隣には腕を組んだ西井が、椿に向かって笑いかけていた。

 まるで愛人が正妻に挑発している様子に、椿の笑顔が固まる。


「どうした? 椿?」


 様子のおかしい椿に、太一はまた名前を呼んだ。

 何かを言葉にしようとして、椿は口をつぐむ。そしてヘラりと笑った。


「なんでもないよ」


 彼は本音を隠すことにした。

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