第25話 説教
「何かおかしなことがあったら、絶対に太一に話します」
「後は」
「もう隠し事はしません」
「後は」
「心配かけてごめんなさい」
椿はエンドレス謝罪をさせられていた。腕を組んだ太一は、彼を見下ろしながら険しい表情を浮かべている。
不審なメールの事実を白状させられ、もちろん太一は怒った。絶対に相手はロクでもないと。怪しすぎると。
相談もせずに返信したのも怒られ、警戒心が無さすぎる詐欺だったらどうするつもりだったのかと、ごもっともな説教をされた。
太一が監視している中で、椿はアドレス拒否を設定した。これで、向こうからメールが送られてくることは無い。
相手の正体を知られないまま、名残惜しいと感じながらも、それを表には決して出さずに椿は操作した。
「椿が警戒してくれないと、守りきれない時がある。椿も気をつけてくれ。いいか?」
「はい、ごめんなさい」
「……心配だな」
子供のように言い聞かされただけでなく、心配だとため息を吐かれてしまった。信用がない。自分のせいだから仕方ないと、椿は苦笑する。
「笑っている場合じゃない。椿は美間坂学園長から何も聞いていないのか」
「何も。え、どうかしたの」
太一は苦々しい顔で舌打ちをした。
「あの古狸が」
とまでこぼした。椿は内容が聞き取れず首を傾げれば、彼はなんでもないと首を振った。
「また、編入生が来るらしい」
「また?」
自分達もそうではあるが、その事実は一旦棚に上げておく。中途半端な時期の編入生というのは、かなり珍しかった。年に何人も現れるものではない。
太一の話し方や雰囲気に、椿は嫌な予想をしてしまう。
「名前も何も分からない。こんなに情報が広まらないのは、今まで無かったらしい。俺達の時だって、ある程度の噂が流れた。当人としては、あまり楽しい話じゃないがな。それは仕方ないとしても、全く誰も何も知らないのはおかしい」
「やんごとなき家の人とか。来るまでは知られたくないから、情報が漏れないようにしている?」
「誰か特定の人にバレないように、という可能性だってある」
「その特定の人が俺だって?」
さすがに考えすぎではないかと、椿は笑い飛ばした。そこまで隠す必要がある相手は限られている。しかし、もしその人が来るなら教えられないのはおかしい。美間坂学園長が何も言わなかったという太一の問いかけに、彼は背筋が寒くなる。
「いやいや、それは無いでしょ。さすがにそれは……ありえないよね?」
太一に否定してほしくて聞くが、視線をそらされる。同じことを考えているのだと、椿は絶望する。
「ど、うしよう。俺、どうすればいい?」
椿はまっさきに太一に助けを求めた。他人任せにせず、自分で考えるべきだと分かっていても混乱した頭は何も思いつかなかった。
すがりつく椿を、太一は突き放しはしない。それを本能的に分かっているのかもしれない。椿はずるい自分を見て見ぬふりした。
「まだ決まったわけではないけど、対策はしておいた方がいい。もし仮に予想が当たっていたとしたら、椿の逃げ場をなくそうとしているはず。きっと同じクラスになる。普通にしていたらバレるな」
「逃げ場をなくそうとしている? どうしてそんなことするの」
「俺も考えは正確に読み取れないけど、向こうから美間坂学園長に対して接触があったのかもな。どんな提案をされたか知らないが、結局それを受け入れた」
「でも、美間坂学園長は味方なんじゃ……」
「そうとは限らない。烏森さんに恩があるとは言っていた。でも、それ以外のことを知らない。どんな付き合いがあるかも。もしかしたら、烏森さんすらも知らない何かがある可能性を、俺達は考えておくべきだ」
太一は、あまり美間坂学園長を信用していなかった。腹の中を見せないうさんくささを感じて、頼りすぎないように気をつけていた。烏森の紹介なので、そんな態度を表には出さなかったが。
「烏森さんに連絡は?」
「した方がいいけど、美間坂学園長について直接触れないように。知らない可能性が高いから、あまり2人に亀裂を作りたくない。助けを求める時のため」
「母さんも父さんも知らないよね。知っていたら、隠さず教えてくれるはずだし」
「そうだな。知っている人はきっと少ない」
「どうして、太一は分かったの?」
千歳だと確定したわけではないが、太一はすでに決めつけている。そこまでの理由があるのかと椿が尋ねると、太一は微妙な表情を浮かべた。
「根拠のある理由は無い。ただ俺だったら、椿を追いかけてくる。絶対に。だから向こうもそうだと思った」
そんなのありえないと否定しようとした椿だったが、冗談が言える雰囲気ではなかった。太一は真剣な表情で、椿の腕を掴む。
体を引き寄せられれば、椿は抵抗せずに胸の中に収まった。
「太一、どうした?」
「もし本当に来たら、その時椿は……いや、なんでもない」
「なんだよ、気になるじゃん」
千歳を許す未来はあるのか。そう問いたかった太一だったが、椿の本心を知るのが怖くて質問を飲み込んだ。
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