第24話 知らないメール


 椿のスマホに、見知らぬアドレスから連絡が来た。わざわざメールで送ってこられ、迷惑メールの類かと思った椿は最初無視した。

 しかし、しつこいぐらいに毎日来ると無視し続けるわけにもいかなくなった。メールが来ないように設定しようとも思ったが、送られてくる内容が気になって、それも出来なかった。


『元気?』


 たった3文字だけ。スパムにしては短すぎる。知り合いかとも思ったが、見覚えのないアドレスで、他に何かを送ってくるわけでもない。

 インターネットで調べてみても、そういう詐欺の情報は出てこなかった。

 放置したまま数週間が過ぎ、椿は我慢できず行動に移す。


『元気です』


 送られてきた最新のメールに、とうとう返信したのだ。同じ内容ばかりが送られてきて、変化が欲しかったのもある。あとは送り主が何を考えているのかも知りたかった。

 メールなので、相手がいつ読んだか分からない。ソワソワと落ち着きがなかったせいで、太一に不審がられたが、椿は何とかごまかした。

 朝に返信して、その返事があったのは夜のことだった。


『平気?』


 元気か聞かれていた時と、あまり進歩していない言葉に、椿はどうしようか迷った。イタズラだと切り捨てても良かった。しかし乗りかかった船だと、結局メールを送った。


『平気です』


 相手の聞きたいことに対しての返信として合っているのか、自身はなかったがそれ以外に言葉が見つからなかった。無愛想なのはお互い様である。

 また、1日相手からの返信を気にした椿だったが、今度は太一に気づかれないように上手く隠した。


『幸せ?』


 次に送られてきたのは、2日後だった。たったこれだけの文字を打つのに、まさかここまで時間がかかったわけではないはず。興味が失せたのか、送りづらかったのか。どちらか不明なので、椿も何も考えずには送れなかった。

 そして同じぐらいの時間をかけて、メールを返信した。


『どうですかね』


 イエスともノーとも言えなかった。幸せなのかどうか、椿は確信をもてなかった。

 それからメールが来なくなり、やはり迷惑メールだったのかと、椿はいつしかその存在を忘れていた。



「うわ。久しぶり、また来た」


 忘れていた頃にメールがまた届き、椿は驚きと呆れを感じた。しつこい人だ。ため息を吐いて、内容を確認する。


『行く』

「行くって……どこに?」


 文面に突っ込みを入れながら、椿は返信せずにスマホの電源を落とす。これに対する返事が思い浮かばなかったので、放置することにした。



「最近、椿変だ」

「変って何が?」

「なんか、ボーっとしている。ずっと」

「そう?」


 メールは気になっていたが、それを太一に言わなかったのはタイミングを逃したからだ。

 今さら話すには、最初から言わなければならなくなる。そうなれば、どうして言わなかったのかと責められる。

 責められるのは仕方ないが、信用していなかったと傷つける可能性があった。それを椿は危惧した。


「何も無くて拍子抜けしているのかも。あれから、烏森さんのところに来ていない。親のところにも来ていない。この前は、ただの気まぐれかなって」

「気まぐれとは思えない」


 断言する太一は、椿の目元を指でくすぐる。その手を嫌がることなく、椿は猫みたいに目を細める。傍から見れば、完全に手なずけられていた。


「確実なことが分かるまでは、警戒しておくべきだ。油断したところをやられる」

「やられるって、殺されるってこと」

「そんな感じ」

「……凄い恨まれているじゃん」

「……うん」


 微妙な言い方の太一は、どこかごまかすように視線をさまよわせる。


「まあ、殺されないように気をつけるよ」

「うん、気をつけて」

「そんなにかあ」

「そんなにだ」


 お互いよく分からない中で、頷きあっているとちょうどメールが届く。椿がちらりとスマホに目を向けると、太一もそれに釣られて画面を見た。


「メール?」


 その言葉に、椿は反応しなければ良かった。別に普通のことだと流せば、特に何か起こりはしなかった。


「あっ、うん、そうだねっ」


 しかし椿はあの送り主だと思って、敏感に反応してしまった。スマホを急いで手に取って、太一から隠す。あからさまな態度に、彼はおかしいと気づく。


「誰から?」

「だ、誰からって。た、太一の知らない人だよ。だから気にしなくていいって」


 その後も対応を間違えて、太一は椿の頬を手で挟んだ。タコのように押し潰して、しっかりと目を見つめる。ごまかしも嘘も通用しないと、その顔は言っていた。椿はたらりと汗を流す。


「なあ、椿。俺に隠し事しているよな。隠し事がないなら、メールは誰が送ってきたものか教えてくれるよな?」

「え、えっと……」


 逃げられないかと、椿はこの状況をどうにかできる手段を探した。しかし他に人はおらず、何かが起こる予感もない。

 太一のプレッシャーに、椿はなんとか抗おうとした。しかし力の差は歴然だった。


「ご、ごめんなさい」


 謝罪とともに、椿はメールのことをすっかり白状した。涙目になっても、太一は許してくれなかった。

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