第21話 学園生活
太一がいたおかげか、椿はすんなりと新しい環境に慣れた。
季節外れの転入生――しかも2人、ということで初めは周囲も好奇心旺盛だったが、2人が目立たず大人しく生活をしていくうちに、段々と興味が薄れていった。
金持ちだけが入れるクラスではなく、特待クラスだったのが関係あるかもしれない。みんな、親交を深めるとすれば自分に利がある人物を選ぶ。椿も太一もどちらかといえば容姿はいい部類だったが、上には上がいるので埋没したのだ。2人も、特に椿はそれを望んでいたので穏やかな生活が手に入り安心した。
前の学校よりも授業のレベルが高く、油断しているとすぐに置いていかれる。勉強に割く時間が増えて、椿は千歳のことを考えずに済んだ。
烏森のためにも、いい成績をキープしようと太一と協力して努力していた。
成績が下がっているわけでも、素行が不良なわけでもない。
しかしある日、椿は一人だけ美間坂学園長に呼び出されてしまった。
何かしただろうかと考えるが、全く心当たりがない。いい理由も悪い理由も。
「心配なら、一緒に行こうか?」
太一が心配して椿に聞いた。しかしさすがについてきてもらうのは、子供ではないのだから恥ずかしい。だから心配ないと断った。太一の方が納得していなかったが、結局無理強いはできないと諦めた。
椿が美間坂学園長と会うのは、初日以来だった。彼と仲がいいのは烏森だから、椿は頼ってくれと言われてもお世辞として捉えていた。
「……失礼いたします」
自分よりも大きな扉をノックして、緊張しながら中に入る。部屋の奥に、プレジデントデスクと呼ばれる高級な机に肘をついた美間坂学園長が待っていた。
穏やかな紳士といった烏森とは違い、美間坂学園長はダンディという言葉が似合う男性だった。後ろに撫でつけた髪が何本か前に垂れ下がり、セクシーな雰囲気を醸し出している。
「やあ、久しぶり。元気にしていたかな、東雲君」
「あ、はい。おかげさまで楽しく生活しています」
「それは良かった。そんなに緊張しないでくれ。順調かどうか聞きたかったんだ。烏森さんから預かった、大事な人だからね」
「は、はは。気を遣ってくれなくていいですから。捩じ込んでもらっておいて何言っているっていう話ですけど、特別扱いはしないでください」
「考えておくよ」
考えておくという言葉は、やらないのと同意だ。椿もそれが分かり、とりあえず笑っておく。さらに頼んだところで聞いてくれないなら、労力の無駄だから言わない方がいい。
「あの……元気でやっているのか確認したかったのなら、もう用はないですか?」
恩はあるが、烏森とは違って美間坂学園長と対するのは、椿にとってどこか居心地が悪かった。彼の腹に隠されているものを、本能的に怖がっていた。それが自分に向けられていないから、まだ逃げ出していないだけである。
用がないなら、早く解放してほしい。そんな気持ちを前面に出してしまうのは、嫌な予感がしていたからだ。このまま場にとどまれば、絶対に良くないことが起こる。
相手に不快に思われそうなぐらい、帰りたいアピールを椿はしていた。それぐらい、なりふり構っていられなかった。
「ごめんね。嫌かもしれないけど、もう少し付き合ってくれるかな」
しかし、美間坂学園長は椿を引き止めた。そう言われてしまえば、椿も無理には帰れない。
「はい。あの、他に何か?」
「実は、君に連絡が来ていてね。烏森さんから」
「烏森さんから? もしかしてお店で何かあったんですか?」
椿と太一が一気に店を出たせいで、烏森に負担がかかるのは懸念されていた。知り合いの中から紹介して、それで一応は解決したはずだった。
烏森とは椿も太一も連絡先を交換している。それなのに、わざわざ美間坂学園長を通して連絡してくるのは、なにか起こった以外に考えられなかった。
烏森の名前を聞き、椿は帰りたいという気持ちが吹っ飛び、美間坂学園長へ自分から近寄った。
「烏森さんは元気だから大丈夫。君や小林君が上手くやっているか、随分と心配していたよ。元気だと連絡してくれるけど、自分には隠しているかもしれないってね。この学園は特殊な部分もあるから、私も2人を気にかけているから安心してくださいと伝えておいたよ」
「ありがとうございます。それなら、どんな用件だったんでしょうか」
「それはね……」
心配がなくなり、再び椿の中にあった嫌な予感が膨らむ。言いよどむ美間坂学園長の様子も、彼の不安を駆り立てた。
「烏森さんのところに訪ねてきた人がいたらしい」
「訪ねてきた人?」
「ああ、君のことを色々と聞いてきたらしい。烏森さんは誤魔化して何も情報を渡さなかったらしいが、相手の態度があまり良くなかったみたいでね。知り合いなのかどうか確認したいけど、直接聞きづらくて私に連絡してきたんだ」
「……どんな人ですか?」
聞きたくないと思っても、知らないままではいられなかった。椿の質問に、美間坂学園長は手で顎を撫でて答えた。
「君と同じぐらいの年齢の、名前は確か……南津千歳といったかな」
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