第20話 新たな環境


「うわ。本当に山奥にある」


 椿は山の上に建っている、洋館みたいな見た目の学校を見ながら呟いた。

 烏森の手配で、椿は今日から美間坂みまさか学園に通うことになった。烏森の知り合いである美間坂という人が経営している。


 千歳に消えてくれと言われ、衝動的に行動した。それを後悔しているかと聞かれれば、今のところは全くしていない。

 もし一人だったら、椿も心細くてたまらなかったかもしれない。しかし彼にはお供がいた。


「……もうすぐ、バスが来る」

「うん、ありがとう」


 椿と同じぐらいの大きさのスーツケースを持った小林が、バスの時刻表を見て話した。それに椿は笑って答える。

 驚いたことに、小林も今日から美間坂学園に通う。椿に内緒で、烏森に頼み編入試験を受けていたのだ。そして合格して、ここにいる。

 知らされた時の椿の驚きようと言ったら、冗談かとしばらく思ったぐらいだ。本気だと分かった時には、自分のためにしているのではと全力で止めた。


「俺が好きでしたこと。それに、向こうの学校の方が俺の利益になる。気にするな」


 しかし小林は、椿のためにしているわけではないと言った。罪悪感を消すため。椿はそう分かっていても、彼の言葉に救われた。


 そういった経緯もあり、椿と小林は一緒にいた。

 なんだかんだ言っても、小林がいるのは椿にとって心強かった。

 美間坂学園は完全寮制。美間坂学園長が気を遣い、2人は同室だった。クラスまで同じになったので、優遇されすぎていると椿は恐縮した。しかし烏森は、これぐらい望んでも平気だと涼しい顔だった。

 もし何か言われたとしても、自分の名を出せばほとんどの者は黙ると励まされたので、一体どういうことだとは思ったが深くは追求しなかった。薮をつついて蛇を出したくはなかったのだ。鬼が出るかもしれない。

 とにかく親切に感謝して、椿はやってもらうこと全てを受け入れた。これ以上はさすがにと、前もって断っておいたが。そうしないと、気を回されてたくさんのことをさせてしまうからだ。


「歓迎会は良かったのか? すると言われたのだろう?」

「分かっているくせに。俺がそういうのを好きじゃないって」


 今回の件があり、椿と小林の距離はグッと近くなった。年齢が同じと判明してから、椿が彼に対して砕けた態度をとるようになった。小林もそれを嫌がらずに、むしろ喜んで受け入れていた。


「椿も友達ができやすくなる」

「……無理に作るつもりはないよ。俺のことがバレたら面倒くさいから。それに、太一がいればいいし」


 椿、太一と名前呼びする仲になり、今までの経緯もあって椿は甘えることが多かった。かなり気を許している。

 冗談でも千歳の腕に抱きついたりしなかったが、太一にはするのに抵抗なかった。同い年でも兄のような安心感を持っていた。

 170センチはある椿よりも、太一の背は高い。自然と上目遣いになって、椿はへへっと笑った。

 それを見た太一は、気づかれないように奥歯をかみ締めて耐えた。


「……バス来た」


 救いが来たと、太一は椿の体を雑にはがす。扱われ方に文句を言う椿だったが、荷物を持ってバス停へと急ぐ。

 美間坂学園は私立の中でも、良家の子息が通っている数が多い。その分寄付金も集まっている。


「専属バスなんて、お金かかっているなあ」

「無駄だが助かったな」

「ま、それもそうだね。あー、なんだかドキドキしてきた。勉強ついていけるかな」

「椿なら大丈夫。ついていけない時は、俺が教える」


 椿と太一は学費免除の特待クラスになった。試験を受けた結果で、そこに烏森や美間坂の力は働いていない。編入試験に合格するだけでも凄いが、特進クラスとなると難関というのを2人は知らない。だからこそ、緊張していると言いながらものんびりとしていた。


「……なあ、本当に良かったの?」


 美間坂学園行きのバスに乗り込み、山の中を走る景色を眺めながら椿は聞く。


「何が?」


 質問に含まれた意味を察していたが、太一はあえてとぼけた。視線は椿に向けられている。窓に反射して、その視線が交わった。


「前の学校に友達とかいただろ。いくら美間坂学園の学力が高いとしても、この時期にわざわざ編入するのは大変だよな。……俺が弱いところを見せたから、俺のために一緒に来てくれた。その気持ちは凄く嬉しい。でも、俺のせいで太一の人生を狂わせたのだとしたら……」


 明るくふるまっていたが、それでもずっと胸にしこりとして申し訳なさが残っていた。本人に気にするなと言われてもなおだ。千歳のこともあり、自分の言動に臆病になっている。

 太一に依存しかけているぐらい、心の支えになっているので嫌われたくないのだ。彼にまで冷たい態度を取られたらと考えれば、呼吸が出来なくなりそうなぐらい。


 ガラスに映っていても、不安で揺れている瞳。ここまで人を臆病にさせるには、どれだけの苦しみが与えられたのだと、太一は見たことはないが千歳に対して殺意と同じぐらいの怒りが湧いた。

 一回言っただけでは、椿が安心することはない。それを知っている太一は、安心させるために何度でも言葉にしようと誓った。


「良かったに決まっている」

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