第15話 待ち伏せ



「ありがとうございました。話を聞いてもらえて、随分と楽になりました。烏森さんと小林さんのおかげです。……みっともないところもお見せしましたが」

「少しでも力になれたのなら良かったです。いつでも話を聞きますから、自分の中に溜める前に吐き出してください」

「俺も、いつでも聞く」

「本当にありがとうございます」


 泣くだけ泣いてスッキリした椿は、烏森と小林にお礼を言った。2人は嫌がらず、ずっと椿を心配していた。

 泣いたせいで赤くなった目は、このまま帰ったら家族を心配させると冷やしたが、それでもまだうっすらと赤みがあった。しかし表情は晴れやかなので、烏森も小林もほっとする。

 先ほどまでの椿は、消えてしまいそうなほど弱々しかった。目を離したら危ういぐらいに。それがとりあえず無くなったので、安心していた。


「あの……俺、この店に来られて良かったです。お二人に会えて、本当に良かったです。これからも、よろしくお願いします」


 悩みを吐き出せて、少しだけ楽になった椿は久しぶりに心から笑った。その笑顔を受けて、小林は大きな咳をする。心配になるぐらいの咳に、椿が背中をさすろうとしたが烏森に止められる。


「追い打ちをかけることになりますので、私に任せてください」

「は、はい。小林さん、お大事に。お先に失礼します」


 意味は分かっていなかったが、烏森がそう言うならと任せた。


 店を出た椿は、大きく伸びをする。スッキリした気分だった。鬱々していた気持ちが晴れた。この感覚は、かなり久しぶりだった。


「よしっ」


 頬を両手で叩いて気合いを入れると、家に帰ろうと歩き出そうとした。


「随分と元気そうだな」

「っ」


 気を抜いていたところで話しかけられて、椿は一瞬心臓が止まったと錯覚するぐらい驚いた。

 聞き覚えのある声。しかし何故ここにいるのかと混乱する。空耳であってほしかった。

 返事をしなければどこかに消えてくれないかと、視線を向けられなかった。


「無視するなんていい度胸だ。いつからそんな生意気になった?」


 そんな簡単に消えてくれるなら、まずここにいない。楽しげな声が再び聞こえてきたが、最悪なぐらい機嫌が悪いのを椿は知っていた。

 防衛反応が働いて、すぐにそちらを向いた。


「……千紘、さん」

「よお」


 分かっていたが、立っていたのは千紘だった。手を挙げてにっこりと笑っている。しかし、やはり怒っていると椿は感じた。

 今いるのは、喫茶店の従業員入口前だ。ここで話していれば、いずれ烏森か小林が出てきてしまう。そうなったら、事態はさらに面倒なことになる。

 それに、千紘に2人を会わせたくなかった。働いている店がバレている時点で手遅れな感じはあるが、必死の抵抗だった。


「……場所を移しましょう」


 早く別の場所に行かなくては。椿はそれとなく誘導することも出来ず、直接的な言い方になった。

 千紘としてはもう少しからかっても良かったが、ゆっくり話が出来る方がいいと思い直した。


「分かった。それなら、いい場所を知っている」


 先導して歩き出した千紘を追いかけながら、椿はどんな話をされるのかとグルグルと考えていた。千歳に追い出されるような形で出てきて、椿が実家に帰ったのをどう説明したか知らない。もしかしたら悪者にされているかもしれない。

 そうだとすれば悲しかった。千紘に誤解されるのはいいけど、千歳にそれぐらい嫌われているかもしれない可能性についてだ。


 ふと小林の言葉を思い出す。

 相手を捨ててもいい。自分が選ぶ立場になる。

 思い出したら心が軽くなり、悲しみの割合が少し減った。

 年齢はほぼ変わらないはずなのに、彼の方がずっとずっと大人びている。そもそも何歳かも、どこの高校に通っているかも、椿は知らなかった。仲が悪いのではなく、ほとんど会話をしないからだ。

 しかし今日は、椿を心配してたくさん話した。そう思うとくすぐったい気持ちになり、椿は自分でも気づかないうちに笑みを浮かべていた。


「はい、到着」


 千紘が連れてきたのは、椿もよく知っている公園だった。時間が遅いから人の気配は無い。ゆっくり話すには最適の場所と言える。しかし、2人きりなのが椿には気まずさを感じさせた。

 ベンチに並んで座ったが、端にいる椿を千紘はじっと見つめる。口角は上がっているけど、まだ怒りがビシビシと伝わってきた。


「あ、えっと、遅くなるって親に連絡しますね。もしかしたら待っているかもしれませんし」

「さっき俺がしておいたから平気だ。椿の面倒は、きちんと見ますって送ったら感謝されたよ」

「そう、ですか。ありがとうございます」


 気まずさに椿は親への連絡に逃げようとしたが、先回りをされてしまった。仕事のできる男の気遣いが、椿を追い詰める。親が早く帰ってこいと言っている、という逃げ方も出来なくなった。


「それで、話とはなんでしょうか?」


 逃げられないのなら、早く終わらせてしまえと本題を切り出せば、突然千紘に胸ぐらを掴まれた。


「ぐうっ」


 苦しさにうめくが、力は弱まらない。

 視界に映る千紘は、もう笑っていなかった。

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