第14話 相談
「知り合いには昔から仲が良かった人がいて、いつしか好きになっていました。でも叶うわけが無いと、ずっと気持ちに蓋をしていたらしいです。それなのにある日、その相手と婚約することになりました。知り合いは嬉しくてたまりませんでした……相手が自分に恋をしていないと言われてもです」
椿は間を埋めるように、オレンジジュースを飲んだ。氷が溶けていて薄くなっていたが、喉を潤すには十分だった。
烏森と小林は、すでに言いたいことがたくさんあった。しかし邪魔をしたら良くないと、終わってから絶対に言おうと決めていた。
「それでも、相手は恋をするように努力すると言ってくれたそうです。結婚するのだから、それまでに恋を作っていこうと努力していたらしいですが……向こうは自分との関係を変えようとしているようには見えませんでした」
椿はまたオレンジジュースを飲む。そうしながら考えているのは、千歳のことだった。冷静に話していると、おかしな状況だと自分でも分かる。それでも当事者だから、どうしようもなかった。
「最近、分からなくて。相手は本当に自分を好きになってくれるのかと。結婚して幸せになれると決めつけていたけど、気持ちがないままで過ごせるとは思えなくなった……らしいです」
なんとか知り合いの話という体を保っているが、完全にバレているのに本人はまだ気づいていない。そのせいで話し方がごちゃごちゃになっている。
「しかも、自分より優先する人が現れて。自分への対応と違いすぎて。さらには、邪魔者扱いされて。今は……距離を置いているようです。それが気持ち的に楽でもあり、このままだとどんどん離れていくんじゃないかと怖くもあります。どうすればいいのか、考えても答えが出ません。人との関係って、物凄く難しいですね……」
空になったグラスを見つめ、椿の語尾は消えるように小さくなっていった。もう取り繕う余裕もなく、自分の悩みとして話している。
「ただ好きだった時の方が、ずっとずっと気持ちが楽で……でもそうしたら、叶うこともなかった」
ポタっという音がした。
それは椿の目から、こぼれた涙がコップに当たる音だった。気づけば、彼は泣いていた。
「……俺、もう疲れました」
これが、今の椿の本音だった。好きでいると辛いことが多すぎて、考えることも多すぎて疲れ果てていた。全てを放り出して、逃げてしまいたい気分だった。しかしそれは出来ないからこそ、ここまで追い詰められた。
「東雲君」
烏森が優しく話しかけた。
「一人で、よく頑張りましたね」
彼はカウンターの中から出て、椿の元へ行くと背中を撫でる。その手が優しく、余計に椿は涙を流す。
「好きになってくれたら……少しでも俺を気にかけてくれたら……それだけで良かったのに……それさえも、俺が望むのは贅沢で」
涙と一緒に言葉もあふれていく。それを烏森は頷きつつ聞いた。
小林は、話している間も今もずっと椿を見ていた。
「どうして、贅沢なんだ」
そして、ようやく口を開いた。
「先を望むのは普通の感情。欲をかいて何が悪い?」
ここまで話すのを初めて聞いたので、そちらに驚いて椿の涙が止まる。烏森も驚いていた。付き合いは長いが、こうやって人に話しかけるのは珍しかった。家族や長年の知り合いでなければありえないことだった。
「好きなら、たくさん望みが出てくる。相手にも同じぐらい好きを返してもらいたくなる。だから贅沢なんて……そんなこと言わなくていい」
長文を口にするのに慣れていないせいか、小林はふぅっと息を吐く。
「……ありがとう。そう言ってくれると、気持ちが楽になった」
「慰めじゃない。本当のこと」
「それじゃあ、俺はどうすればいいかな。もっと欲を出して、相手に嫌がられたら……耐えられなくなる」
椿はもう冷たい態度をとられたくなかった。そんなことをされれば、もう耐えられない。心が完全に壊れる。だから怖かった。
「その時は、自分から相手を捨てろ。こっちが願い下げだと。一緒にいて辛い相手なんて、傍にいなくていい」
「……自分から捨てる。そんなの……」
「する権利はある。振り向いてもらおうと、頑張ってきたんだろ。好きに行動したってバチは当たらない」
小林の言葉に、椿は目からウロコが落ちた。こちらが好きだから、全て相手優先で考えてきた椿は、そんなこと思いつきもしなかった。
「小林君の言う通りです。東雲君は真面目だから、ドツボにハマっています。あなたはまだまだこれからです。たくさんの時間が待っています。その中で、生涯の恋にするにはまだ早すぎますよ」
烏森からのアシストも入り、椿は千歳に対する考え方を変えるべきかもしれないと思い始めた。
一人では辿り着かなかった考え方だ。
「案外、近くに東雲君に合った人がいるかもしれませんし」
「ちょ」
「冗談ですよ。そんなに怖い顔をしないでください」
これまでに無かった考え方に夢中で、烏森と小林のやりとりは椿の耳に入っていなかった。小林の顔が赤くなっていたのすらも気づかなかった。
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