第13話 実家に帰り


 千歳に言われるがまま、椿は実家に帰った。

 親には、千歳に兄弟水入らずで過ごして欲しいから、あえて戻ったのだと言い訳した。

 久しぶりに帰ってきたのもあり、ホームシックになったのを恥ずかしくて隠している。椿の両親は、そう勘違いした。勘違いには気づいていたが、わざと直さずに彼は実家で過ごし始める。


 自分が何もしなくてもご飯が出てきて、洗濯掃除をしてもらえるのを、最初は楽だと休んでいた。

 しかし段々と手持ち無沙汰になり、すぐに手伝いをするようになった。

 この変化に一番驚き、喜んだのは母親だった。


「これなら、いつでも結婚できるわね」


 前までは嬉しい言葉だったが、椿は素直に喜べなかった。


「うん、そうだね」


 するすると手際よく家事をしながら、機械のように感情を込めずに答えた。

 様子に違和感があっても、母親はそれ以上突っ込まなかった。何かあった時は、千歳と2人で解決するべきと、見守る状態に入っていた。

 もし、最近の椿がどう生活をしているか知っていれば、本人が嫌がろうとも介入しただろう。

 親として、最も大事なのは椿が幸せになることだから。


 しかし、椿は辛さを隠すのが上手くなっていた。そのせいで、すれ違ってしまっているのに、お互いは気づいていない。


 ♢♢♢


「東雲君、最近何かありましたか?」

「え? なんでですか?」


「純喫茶ろまん」で働いている最中、烏森はとうとう椿に尋ねた。

 少し前から彼の様子がおかしいのに気づいていたが、自分がお節介で立ち入るべきではないと、そっとしておいた。

 しかし最近の彼は、見ていられないぐらいに危うかった。

 今も自分の体調を把握しておらず、不思議そうに首を傾げている。


「体の方は、前より元気そうですが……悩みがあるのなら、いつでも話を聞きますよ?」

「悩み、ですか。いいえ、特にありません。仕事に慣れてきたから、ぼーっとしていたみたいですね。すみません、直します」

「……そうですか。分かりました」


 自分の中に踏み込まないで欲しい、そんな壁を作られてしまったため、大人である烏森は無理に聞き出せなくなった。

 烏森ならば、嫌がったら追求してこない。その性格を知っていて、椿はあえて壁を感じさせる言い方をした。

 もちろん悩みはあった。しかし誰かに話して解決するものではないと諦め、自分の中に溜めていた。


 そんな2人のやり取りを、遠くからこっそり眺めていた小林は、じっと椿を見つめていた。その視線には、種類不明の熱があった。


 ♢♢♢


「お疲れ様でした。お先に失礼します」

「……はい、お疲れ様。気をつけて帰ってください」

「ありがとうございます」


 アルバイトの時間が終わり、椿は烏森に挨拶して従業員専用の部屋に入る。そして着替えを済ませて帰ろうとした。

 しかし、それを阻む者が現れる。


「えっと、すみません。そこを通りたいのですが」


 扉の前を陣取るように小林が立っていて、従業員入口が使えない。椿はまさか通せんぼをされているとは思っていなかったので、移動してもらうように頼んだ。そうすれば、すぐにどいてくれると考えていた。

 しかし全く動かない。ただ、椿をじっと見ている。彼にとって、居心地の悪い視線だった。

 帰ろうとするなら他にも出口はあるが、小林が子供みたいな行動をする意味が分からないままになる。もやもやを残したくなくて、椿はまた話しかけた。


「あの、どうしてどいてくれないんですか?」

「話」

「話?」

「話をする」

「わっ!?  ちょ、ちょっと」


 小林はそう一方的に宣言すると、椿の腕を掴み有無を言わさずに引っ張る。椿も必死に抵抗しているが、力の差は歴然だった。

 そうしてズルズルと引きずられて、カウンターまで連れていかれる。


 片付けをしていた烏森は2人が戻ってきて驚いたが、すぐに事情を察して残っていたオレンジジュースを出す。

 椅子に座らされた椿はそれでも逃げようとしたが、睨まれて動けなくなった。

 その代わり抗議するために、腕を組む。


 話をすると言われたが、椿には話すことなど何も無かった。

 こうして無理やり場を設けられると、貝のように口を閉ざして頑なな気持ちになった。顔も合わせないと、下を向いていた。出されたオレンジジュースにも手をつけようとしない。


 これは諦めた方がいい。烏森は何度も言いかけたが、小林が視線で止めた。

 待っていれば、絶対に自分から話し出す。根拠は無いが、小林には自信があった。

 現に、椿は沈黙に耐えられなくなっている。


「……知り合いの話を聞いてもらいたいんですけどいいですか?」

「もちろんです」

「分かった」


 そして椿は負けた。折れるのは早かったが、烏森も小林も指摘しなかった。

 言って話を止められたら、もう二度とこの話題を出さないかもしれない。そう考えた。

 知り合いと言って自分の話をする、このやり方はよくある手段だとも、空気を読んで口にしなかった。

 とにかく椿の溜めているものを吐き出させる。2人の目的は一致していたので、視線で会話を交わしながら、椿の話に耳を傾けた。

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