第5話 デート?
駅に着き、人が行き交う中で千歳の姿を、椿は探した。そして、石の像近くに立っている彼を見つけた。
小走りに近寄って声をかけようとした時、千歳が1人ではないと気づいた。
そこには短めのスカートに、ほのかに化粧をして気合いを入れた、可愛らしい女子が2人いた。千歳に何か話しかけている。
それだけなら、椿もそこまでショックを受けなかった。千歳は格好いいからナンパされているのだと、まだ受け流せた。
しかし我慢できないほど衝撃的だったのは、女子に彼が笑顔で対応していることだ。
かなり盛り上がっていて、とても楽しそうである。作り笑顔でないのが遠目でも分かってしまい、心臓が鷲掴みにされたぐらい苦しくなる。
それでも、千歳は優しいから冷たい態度を取れないだけだと願った。
「千歳」
ゆっくりと近づき、椿は弱々しく声をかけた。こちらに気がつけば、女子を追い返してくれるはず。
椿に気づいた千歳は、女子2人を手で指し示し、笑ったまま言った。
「ああ、ちょうど良かった。今この子達と話していたんだけど、一緒に遊ばない? そっちの方が楽しいでしょ」
悪い予感が、それもとびきり悪いものが当たってしまった。
椿は、もう自分がどんな表情をしているのかも分からない。
2人きりで出かけるのを楽しみに浮かれていたのは、椿だけだった。千歳は、女子2人がいた方が楽しいと言った。それが答えだ。
よく見ると、話しかけてきた女子に覚えがあるのに椿は気づく。学校で見たことのある人だった。千歳に好意を向けていたから、彼の印象に残っていた。
ここで会ったのは偶然ではない。
話しているのを聞いていたか、もしくは千歳自身が話したか。
その考えに、椿は納得してしまった。2人きりで出かけるのが直前で嫌になって、偶然の出会いを装って女子を引き入れようとした。
それが当たっている気がして、椿は自分がピエロのように感じた。浮かれていたのが馬鹿みたいだ。こうなるのを予想するべきだった。
「椿、どうした? 顔色が悪いけど」
あまりのことに言葉が出なくなった椿に、千歳が心配して聞く。
誰のせいだと思いながら、冷静になれと椿は深呼吸をする。ここで取り乱したところで、この場が困るだけ。へたすれば、自分の好意に気づかれてしまう。
目頭を押さえてうなり、力の抜けた笑みを作る。
「……ああ、うん。なんか少し気分が悪くなってきたかも」
「え、そうなの? 大丈夫?」
「少し頭が痛いだけだから平気。でもそうだな……遊ぶのは辛いから帰るよ。千歳は……その子達と一緒に遊んで」
「え」
「それじゃあ、後はよろしく。ごめん」
「ちょっ」
馬鹿な真似をしている自覚はあった。体調不良を理由に、千歳と共に帰ることも出来た。一緒に帰ってほしいと頼めば、きっと断ることは無い。それぐらいは大事にされている自信は持っていたが、今は千歳の顔を見るのが椿にとって一番辛かった。
困惑して呼び止める声に反応せずに、体調が悪いと言いながらも走った。とにかく、この場から離れたい。それだけしか考えられなかった。
走りながら、千歳が追いかけてくれないかとどこかで期待していた。女子を置いて、椿だけを追いかけてくれれば、それだけで今日のことは許せた。
しかし振り返った先に、千歳の姿はなかった。
「……はは」
椿は笑いが込み上げてきて、周囲の人が怪訝な目で見てくるのを気にせず、そのまま歩いた。
家にはまだ帰れない。帰ったら、暴れて全てをめちゃくちゃにしそうだった。
千歳に関するものは、まだ視界に入れたくないと、彼の足は家とは離れた方を向いていた。
しばらく歩いていた椿は、かかと部分が痛み始めたのに気づく。
服に合わせて慣れない靴を履いていたため、靴ずれを起こしてしまった。平気だと無視していたが、どんどん痛みが大きくなって歩くのも辛くなってくる。
これはさすがにまずいと、目に付いた店に飛び込んだ。
「いらっしゃいませ」
入った先の店は、喫茶店という言葉が似合いそうなレトロな雰囲気を醸し出していた。口ひげをたくわえたマスターが、コーヒーを注ぎながら挨拶をする。店中をコーヒーの香りが包んでいる。
客も常連がほとんどで、椿は場違いないたたまれなさを感じた。しかし一度入ったのに出ていく方が失礼だと、ボックスのような形になっているテーブル席に座った。
さっそくメニューを広げてみたが、どれを注文すべきか分からない。
そもそも椿はコーヒーが飲めなかった。砂糖やミルクを入れて、何とか飲めるレベルだった。
コーヒー以外を注文しても平気か。何か軽食を一緒に頼むべきか。考え無しに入ったので、全く分からない。
メニューを凝視しながら困っていると、目の前に水のグラスが置かれる。
持ってきたのは背の高い青年で、年齢は椿と変わらないように見えた。ギャルソン風の制服が様になっている。
彼は、ちらりと椿に視線を向けたが何も言わない。どうやら無口なようだ。
椿はプレッシャーをかけられている気がして、さらに念入りにメニューを見るが、自分では何がなにやらさっぱり分からず。
「あの……実はコーヒーが飲めなくて。すみません。それ以外でおすすめはありますか?」
顔を真っ赤にさせながら、蚊の鳴くような声で素直にコーヒーが飲めないことを告げた。
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