音楽の神様

Storie(Green back)

第1話 音楽の申し子

『幼い頃から身近に音楽があった。私が音楽を好きになるのは、必然だったと思う』


自分のインタビューが載った雑誌。見出しには大きくそう書かれていた。

一人の割には広く取られたこの楽屋は、そのまま両親の存在の大きさを表している。


『音楽の申し子 秋原紬』


もう何度も言われている私のあだ名。

この世界に出てすぐは、親の七光りがあだ名のようなものだった。

自分で結果を残せるようになってから、手のひらを返した世間は、私をそう名づけた。

『音楽の天才』と呼ばれる父。『音楽の神様』と崇められる母。その娘の私は、

音楽の神に愛された『音楽の申し子』だと。


「不満そうだねぇ」


私の顔を覗いたマネージャーさん。

母がデビューした当時から、母のマネージメントをしていた人だ。

母が表舞台に滅多に出てこなくなった時、私のマネージャーになってくれた。


「結ちゃんも同じ顔してたわ…若い頃」


音楽というのは確かに才能というものに頼る場面があるのは否めない。

周りの環境や、持って生まれたものに左右されてしまうこともある。

事実私は生まれたその瞬間から、上質な音楽で育った。絶対音感も持って生まれた。

触りたい楽器はいつでも家にあったし、家に防音の音楽室があるなんて恵まれている。


「才能だけが全ての安直な世界だと思われたくありません」


でもそれだけではどうにもならない世界であるのも確かなのだ。

音楽の神様に愛されるだけで、

この世の音楽家たちが数多の音楽を作っているわけではない。

神様に愛されただけで楽器が弾けるわけでもない。当たり前ででも、世間は知らない。


母はきっと神様なんかじゃない。そう思うようになったのは、私に音楽の心が生まれた頃。

父はきっと天才なんかじゃない。そう思うようになった。

音楽室から少し漏れる音がたまに外れていたり、

家にあるピアノが母の苦手な音域ばかり黒ずんでいたり。二人とも決して言わなかったけれど。

二人は世間から貼られたレッテルを決して崩すべきではないと、見えない場所で足掻いていたのだと。

決して二人の音楽人生は簡単に進んできたものではなかったのだと。

私もそうなりたいと願った、二人のように、音楽に対して誠実な人間でいたいと。


だから私は、安直に音楽を簡単な言葉で語ろうとする世間がどうしても許せなかった。

だから私は、音楽の申し子という言葉が嫌いだ。

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