【短編】オタクじゃないカノジョが鬼畜ゲーをしてるのを眺めるラブコメ

夏目くちびる

第1話

「前回のバイオハザードは、私の完勝だったでしょ?」

「そうね、上手だった」

「だから、今日は別のゲームをやります。私、ゲームの才能があるので難しいヤツをお願いします」



 ということで、今日の休みはダークソウルをプレイすることになった。難しいゲームの代名詞とも呼べる名作である。



「なにこれ、最初の装備が選べるの?」

「うん。素性ごとにステータスの道筋が建てられてるから、使いたい武器や得意な戦法に合いそうなのを選ぶといいよ」

「因みに、正解は?」

「初心者は戦士、最適解は盗賊」

「ふぅん」



 そして、カノちゃんは盗賊を選択した。仕事の出来るカノちゃんらしい選択だと思った。



 まぁ、ダクソプレイヤー的には万能鍵を持ってる時点で盗賊一択だ。最強を求めようとすればどうせ黒騎士斧槍を使うワケだし、一周クリアするだけなら中途半端な上質ステで充分。



 ……なんてことをすべて覚えるくらい、俺はこのゲームが好きだ。



「へぇ、牢獄から始まるんだ。なんで投獄されたの? 説明なくない?」

「個人的な考察だけど、DLCに出てくるアルトリウスっていう騎士の件を反省してやばい実力を持ってる亡者を幽閉してるんだよ。亡者は正気を失って危ないし」

「カレ君、急にすっごい饒舌になるね。もしかして、このゲーム好きすぎ?」

「……うるさいよ、聞いたのそっちじゃん」



 オタク的に言われるとかなりイヤな煽り文句だが、カノちゃん的にまったく意識せず吐いた言葉だと分かったので何とか耐えられた。



 傷付いたし、後でいっぱい甘えてやろう。



「……え?」



 一瞬だけ目を逸らしてディスプレイに目を戻すと、カノちゃんは不死院のデーモンにぶち殺されていた。



「なにこれぇ!?」

「www」

「だ……っ!! はぁ!? 殺された! 人殺しがいる!! このデブ!!」

「www」

「待って!? 私武器持ってない!!」

「www」



 早速、フロムゲーの洗礼を受けていた。面白くて仕方ない。



「えぇ? ちょっと待って? しかも負けイベントじゃないの?」

「残念ながら」

「じゃあ無理じゃない? もしかして、最初のボスは素手で倒すの? そんな難しいことある?」

「www」

「笑ってないでヒントちょうだいよ! ねぇん! あぁ!!」



 3回ほどぶっ殺されたところで、仕方ないから横の抜け道を教えた。それから、サクサクと探索をして最初のダンジョンである城下町へ。



「なにこいつ、カッコいい」

「シリーズお馴染みの強モブ、黒騎士くんですね」

「もしかして、味方だったりしない? ビジュアル的に私より主人公なんだけど」

「そういう未来もあったかもね」

「なにそれ、考察があるなら語ってもいいけど?」

「……やめてよ、その言い方」



 カノちゃんは、ケタケタ笑いながら俺のホッペにキスをした。そんなに面白い顔をしていただろうか。



牛頭ごずのデーモン?」

「いや、後に山羊頭やぎあたまが出てくるから多分ウシアタマ」

「ゴズちゃんの方がよくない?」

「俺もそう思う」



 そして、カノちゃんは途中で手に入れたドラゴンウェポンでザコ敵をバッタバッタと薙ぎ払っていった。



「これ強すぎない? さっきまで殺されまくってたのが嘘みたい」

「強いけど、途中でパワー不足になるから強化はしないほうがいいよ」

「なんで?」

「竜の武器はレベルアップのステータスがすべて無意味になる」

「はぁ? そんなの初見プレイでわかるワケなくない? 不親切なゲームねぇ」

「www」



 その辺の不透明さが、ヘヴィなユーザーを引き込む要素でもあるのだ。



「鐘のガーゴイル。なんか、鐘を守るボスにしては弱そう。牛頭とか飛竜の方が強いよ、絶対」



 俺は、こっちからクリアするの見るの超久しぶりだと思った。



「その割にはもう10回死んでますよ」

「次には勝てるよ、もう見きったから」



 飛竜の剣で、ザシュザシュと切っていく。流石、才能を自称するだけあってアクションゲームのコツは掴んでいる。



「……え? ちょ、ちょっと待って? 二体目?」

「www」

「はぁ!? 何考えてんのこのゲーム作った人はぁ!! ちょっと!! ここまで削るのに頑張ったのに! 私頑張ったのに!! あぁん!!」

「www」



 全てのトラップを踏んでちゃんとリアクションを取ってくれるカノちゃんが、俺は愛おしくて仕方なかった。



「ぜぇ、ぜぇ……。よ、ようやく勝てた……」

「30回くらいか。頑張ったね、偉いよ」

「か、カレ君が黄金松脂のこと教えてくれればもっと早く出来たんだよ」

「飛竜の剣はエンチャント出来ないからね」

「このゲームの制作者、絶対に分かっててそういう仕様にしてるよ。どんだけクリアさせたくないんだよ。クソぉ……っ」



 それから、今度はマップの下へ向かって病み村へ。SAN値が削られたのか、プレイの続きは翌週の休日まで持ち越された。



「さて、もう一つの鐘を鳴らすよ」

「強いよ、ここのボスは」

「いや、そうはいってもね? カレ君。私はここまで来るのに相当実力をつけたし、出血が強力な打刀まで手に入れてますから」



 その武器だから難しいということは、敢えて伏せておくことにした。



「クラーグさん、肌が白くて綺麗だぁ」

「下半身が蜘蛛なのがいいよね」

「時々、カレ君の好みが分からなくなるよ」



 そして、カノちゃんは何度もマグマで焼き殺された。



「なんっっっっなんだよ!! この女はぁ!? 剣が届かないじゃないかよぉ!! しかもメチャクチャ固いし!! 出血しないし!! 足がカッチカチ!!」

「そうなんだよね」

「このジャンプ攻撃もマジで避けらんない!! もう嫌だ!! やりたくない!!」

「www」



 パッドを放り出して俺の胸に頭をグリグリしてきたから、仕方なく簡単な攻略法を伝授することにした。



「まず、黒騎士斧槍を手に入れます。人間性を10個使えば、誤差程度だけどアイテムドロップ運が上昇するので一応使います」

「う、うん。そんなの、説明してもらってないよね?」

「運よく手に入ったので、これを使ってハメ殺します」

「どうやるの?」



 そして、俺は段差に登って縦斬りをクラーグの人の部分に一定のリズムで当て続けハメ殺す寸前まで持っていった。



「……カレ君」

「うん?」

「私、この勝ち方好きじゃない。あと、この武器は強過ぎ」

「俺もそう思う」

「カレ君は、初見プレイの時に何使ったの?」

「クレイモアだよ」

「なら、私もそれ使って勝つよ」



 そんなわけで、わざと負けて再挑戦。更にもう一週間の間を空けてカノちゃんはようやくクラーグを突破した。



 都合、50回目の挑戦であった。



「やったぁぁぁぁ!! 私がぁ!! この病み村で一番強い女だぁぁぁぁ!!」

「www」

「嬉しいいいい!! うおおおおおお!!!」

「www」



 何と言ってプロポーズしようかなぁと思った。



「でもねぇ、このゲームは流石に私には難しすぎるよ。このあと、もっと難しくなるんでしょ?」

「そうだね」

「カレ君は、このゲームを何時間くらいでクリアできるの?」

「正攻法なら二時間弱、裏技を使えば30分くらいかな」

「さ、30分!? どういうこと!?」



 そして、俺はセンの古城とアノール・ロンドを踏破してオーンスタインとスモウの部屋まで辿り着いた。



「見てて思ったけど、あまりにも上手すぎない? カレ君ってこのゲーム何回くらいクリアしてるの?」

「もう覚えてないよ」

「実況配信とかやればいいのに」

「話すこと無いし、俺より上手い配信者なんて何人もいるから誰も見ないよ」

「ふぅん、そういうモノですか」



 せっかくなので、ダクソで最も鬼畜ボスと名高いオンスモはカノちゃんに任せることにした。これをクリア出来れば、あとは消化試合みたいなモンだしな。



「それくらい難しいボスだよ」

「ふっふっふ。任せてよ、カレ君イチオシ武器の銀騎士の槍も手に入ったし。最悪、黒騎士の斧槍を使うから勝てちゃうもんね」

「今回のボスはデーモン特攻入らないし、斧槍でもムズいよ」

「だから!! なんでそういう事をこのゲームは説明してくれないの!? ステータス不足でも両手持ち出来るのとかも絶対わからないじゃん!!」

「www」



 カノちゃんは、挑戦する前から発狂していた。啓蒙が高まると、やっぱり人は狂っていくのだと俺は再確認した。



「ああああああああ!!!」

「www」

「オーンスタインをやるとスモウが!! スモウをやるとオーンスタインが!!」

「www」



 もう、何回殺されただろうか。ハンマーと槍で体をズタズタにばら撒かれ、もはや最初っから死ぬ前提で挑戦するカノちゃんの姿がそこにはあった。



「こ、ここ!! こいつら卑怯だよ!! カレ君!! 男のくせに正々堂々勝負する気がまったくない!! 女を寄ってたかってボコして恥ずかしくないの!?」

「向こうからすれば、カノちゃんは一人で無数の屍の山を築きながら鐘を鳴らして本陣まで乗り込んできた不死のヤベー奴だからね。そりゃ、最高戦力を一挙投入してでも心を折ろうとするよ」

「……た、確かに。なんか、物語をそういう視点で楽しんだことってなかったなぁ。うん」



 ウチのカノちゃんは、賢くて素直な女なのだ。



「じゃあ、100回負けたらカレ君に変わってもらう」

「いいよ」

「はっ、バカどもがよぉ……。ウチのカレ君のこと分かってんのかぁ……? 私のことボコっていい気になってられんのも今のうちだからなぁ……。こらぁ……。」

「www」

「本当、絶対にやっつけてもらうからなぁ……。後悔するぞ、こんにゃろー……。ウチのカレシ、マジで最強だからなぁ……」

「www」



 流石に感情移入し過ぎである。近所の不良中学生でも、こんなにダサい捨て台詞は吐かないだろう。



「突っ込んできたら右、柱にスモウをハメてオンスタをバシバシ……。2回切ったらすぐ逃げる。欲張ったら死ぬ。欲張ったら……」

「おお、いけそう」

「きた!! あと三発だ!! あぁ!! さっきまでそんな攻撃してこなかったじゃんかよおおおお!!」

「www」



 もう一撃で仕留められたところを、ステップで躱されカウンターでふっ飛ばされ、スモウに轢き殺されてしまった。 



「欲張りそうだったら止めてっていったじゃん!!」



 言われてないよ。



「ごめんね」

「今の勝ってたぁ……。カレ君のせいだもんなぁ……。ちゃんと注意してくれないとイヤだなぁ……」

「www」



 しかし、そのうちオーンスタインをやっつけてスモウの二段階目へ行ける回数が増えてきた。ここまでくれば、運の上振れ次第で勝てるようになってくる。



「い、今何回目?」

「少なくとも、100回以上はやってるね」

「……私がやる、もう後に引けない」

「頑張れ」



 電子タバコを吹かしながら、ボーッとカノちゃんのプレイを眺める。いつの間にか口を閉ざし、カチカチというボタンを押す音だけが部屋に響く。



 すごい集中力だ。しかもしぶといし、そりゃ仕事も出来るよなぁと思った。



 ……そして。



「……か、勝った」

「おぉ、スゲェ」

「うう〜。や、やっどがっだよおおおぉ〜……。なんだっだんだよ、あいづら〜……」

「www」



 130回目くらいか。



 カノちゃんは、とうとうオンスタを突破した。感極まってしまったのか、メソメソ泣いてしまった。最後にこんなに感情移入したの、果たして俺はいつだったかなぁ。



「これでアイテムが揃うから、裏技を使えばもうクリア出来るよ」

「いや、最後までやる」

「そっか、頑張れ」

「でも、来週に持ち越し。今日は本当に疲れた」

「www」



 ということで、翌週になってカノちゃんはステージを一つずつ乗り越え、最初の火の炉まで辿り着いた。



「こいつが、ラスボスのグウィンかぁ」

「はっきり言って弱いよ」

「んふふ、任せて」



 何度かの敗北のあと、カノちゃんはあっさりと勝利して火を継いだ。こうして、この世界にも新たな王が誕生したのである。



「オンスモの難しさを思えば、他のことでも頑張れそう」

「そんなに難しかったんだ、絶対に仕事の方が辛いと思うけど」

「じゃあさぁ!! カレ君!! そんなにエラソーに言うなら30分でクリアしてよ!! 見せてよ!! ほらぁ!!」

「www」



 完全に八つ当たりだと思ったが、言われたとおりに俺はショートカットを駆使して運良く斧槍を引き当て、20分足らずでオンスタまで辿り着いた。



「……え?」

「右回りに切って、3回目で怯むからラッシュが入るんだよ」

「……え?」

「スモウのこの攻撃、実は懐に入ってたら当たらないんだよ」

「……え?」

「よし、これで大技のスキルスワップが出来るよ。後半のステージを全部カットしてラスボスまで行けるんだ」

「……え?」



 最後に、盗賊が最初から持っているターゲットシールドでパリィハメを敢行し、俺はダークソウルをクリアした。記録は28分、何気に自己ベストだった。



「……カレ君」

「うん? なに?」

「次は、私が得意なゲームで勝負しようね。ダーツとか、ボーリングとか」

「www」



 その手のゲームで俺がカノちゃんに勝てるとは到底思えなかったが、その日が来るのを楽しみに待っておくことにした。



 ……勝負当日。



 カノちゃんは、俺より三杯も多くテキーラを飲んだ。

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【短編】オタクじゃないカノジョが鬼畜ゲーをしてるのを眺めるラブコメ 夏目くちびる @kuchiviru

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