鈴原

 私はいつものように鈴原仮と話して湯呑に水を入れてやって線香を立ててやってから会社に出勤した。帰ったら今日は何をしようかな、かれこれ一ヶ月と少し、鈴原仮の知らない思い出をひたすら聞かされた影響で知らない思い出が私の日常生活に侵食しているような気がする。


 スーパーで肉を見ている時「鈴原仮はカルビが好きだと言ってたな、買って行ってやろうか」と幽霊の好物を買ってみたり、カステラを見かけたら牛乳と一緒に買ってみたりした。

 幽霊の分を分ける小皿や毎日の水を入れてやる湯呑を新調したり、空き時間に視聴するDVDを選んだりした。


 家に鈴原の幽霊が現れてから正直な話、ちょっと楽しい。鈴原は私よりも生き生きしていて快活で明るくて陽気で、はじめはモヤモヤしていた気持ちがあってなんとも収まりが良くなかったものだが、今は人違いでもなんだってよくなっていた。鈴原が家で待っていて、私は鈴原と過ごす時間が大切になっていた。

 相変わらず鈴原は誰かと私を取り違えているようで、繰り返しお前はいいやつだなと私を褒めていた。私がまるで彼の仲のいい親密な友達だったかのように言い続けるので最近はそのように相手をしてやることにした。


 もし私に彼のような友達がいたらもっと楽しい高校生活が送れたのだろうか。実際はどうだったかといえば、ろくでもない親にバイトで稼いだ生活費をむしり取られて毎日殴られたり女みたいだと罵られて作ったアザを長い髪で隠して、楽しそうなクラスメイトの日常を遠くから眺めて羨ましがるだけだった。

 私も鈴原みたいに明るくて快活でコミュ強だったらなあ。どうして、私みたいなゴミが生きていて未来が渇望されているような鈴原が死んだんだろう。かわいそうだ。私が?鈴原が?わからない。かわいそうだ。私の目から涙が流れ落ちる。死にたかった私と違って、きっと鈴原は生きたかったろう。もっともっと生きたかったろう。

 私と取り違えている誰かとは親密だったのかもしれない。それが誰かはわからない、その位置になんの間違いか私がいることは許されないことかもしれないけれど今だけはどうか許されたい。



「ただいま、今日は焼き鳥が安かったから酒も買ってきた、一緒に飲もう。あれ、鈴原?…鈴原?」


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