あいつ
「柳龍一です、よろしく」
柳龍一は黒い髪を肩まで長く伸ばしているような女みたいな変なやつで、クールぶってそっけなく愛想もなくTHE陰キャって感じで誰かと友達付きあいもしている様子もない、完全なぼっちだった。
柳龍一は昼休みに俺たちが校庭でバスケをしていると教室から眺めていて、それをバレてるとも知らずに穴が開くほど見つめてくるようなちょっと抜けてる奴だった。同級生は「ストーカーかよ」だとか「キメえよなアイツ」だとか見えるところで指をさしてからかってた。俺も一緒になって笑ってた。
柳龍一は成績が良かった。俺には何一つわからないしひとつも共感できるところはなかったがあいつが成績がいいのだけはわかった。学年考査の結果が廊下に貼り出されるとあいつの名前がいつも上位にあるのを見た。俺はずっとダチとビリ争いしてた。
柳龍一は弁当の時間、購買で買ったクリームパンを席から微動だにしないでどこ向いてるかもわかんねえ顔でもぐもぐ食ってた。ウケる。
柳龍一は、柳龍一はとにかく顔が良かった。
陰キャのくせにストーカーみたいな不審な挙動してるくせに、友達は一人もいないくせに、人のことを穴が開くほど見つめてくるくせにバレてることを気づいてないバカのくせに。
柳龍一を俺はいつも視界の端で見つめていた。
柳龍一はまつげが長くて肩まである長い黒髪もべっとりじゃなくてサラサラしてて、女みたいな変なやつだった。そのくせ女より化粧っけがない分嫌な感じがしなくて、うまく説明できないしなんでかよくわかんねえけど、俺はいつも柳龍一を目で追っていたように思う。
高校3年の2学期の終わりのちょっと前に大工の棟梁の祖父ちゃんのツテで造園会社の内定が流されるまま決まって、俺は早くも就活からも受験勉強からも解放されて、好き勝手してた。
柳龍一は進学するんだろうなって思ってた。あいつ頭良いしさ。きっといい大学にでも入って俺とは違うとこで暮らしていくんだろう。俺みたいな底辺とは違って。
柳龍一は進学しなかった。意外だった。噂ではあいつの親がろくでもないやつで、進学する余裕がないって話だった。柳龍一は親に暴力を振るわれてるって噂もあった。俺は柳龍一のことをよく知らない。話したこともない。だからそれが本当かどうかなんてわからなかった。
柳龍一は近所の印刷会社に内定をもらったそうだ。進路指導の教師があいつと話しているのを偶然聞いた。
「お前ならもっといいところに進学もできたろうに、もったいないよ」
教師はそんな事を言って、柳龍一は表情を変えもしないで「ありがとうございます」と言っていた。何にも知らないくせに、俺こそ何にも知らないくせになんだかイラついた。
それからとくになんにもなく過ごした。
俺は柳龍一を見た。あいつはほとんど背が伸びなかった。あいつは長い黒髪を春一番の強風でぼっさぼさにして卒業式の集合写真を撮った。俺はもう最後だしせめてあいつに一言、「卒業おめでとう」とでも話しかけようとしたけど、ダチに呼び止められてなんやかんや話して別れて、あいつの方を振り返ったらもういなかった。
卒業してから俺は造園会社で働いた。定時終わりで会社の先輩たちと飲みに行った先で、柳龍一を見た。
それから何度も柳龍一を見た。
何度も同じ飲み屋の同じ席で柳龍一を見た。
もうダチもツレもいないし俺は柳龍一に話しかけようとしたんだけど、タイミングが悪くて、なんかいつも変に邪魔が入って話しかけられなかった。運が悪いな。今度こそ、今度こそ話しかけてやるからなつって、でもなんでか本当になんでだかわからないんだけど、会社の先輩とか居酒屋店員とか見知った誰かとかに話しかけられて、あいつに話しかけることは叶わなかった。なんでだよ。
ある日見た柳龍一は髪を束ねて死んだような目をしていた。口の端を切って青あざのある何より美しい柳龍一がいつもの店で酒を飲んでいた。俺は見とれてしまってその日も話しかけることができなかった。
夏が来たら、夏休みになったら、あいつに話しかけようと思っていた。もう学生じゃない、陰キャに話しかけても誰からも止められないしハブられることだってない。俺たちは自由なんだから。何したって自由なんだから。今まで話せなかった事を話そう。まずははじめましてからかもしれない。
きっと柳龍一は俺のことを知らないだろう、もしかしたら知っていてくれたかもしれない。直接話したことはたぶんない。なのに俺が柳龍一のことを知っていたらキモいかも、これじゃ俺がストーカーじゃん。
はしごの上で作業をしてた。でかい杉の剪定作業中だった。強風に煽られて、あっと思った時には俺は宙を浮いていた。俺は宙に投げ出され、そこで終わり。
気づいたら柳龍一を見ていた。
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