カステラ

ぶいさん

「カステラにさ牛乳をかけて食うのが好きなんだよな、俺」



 鈴原と私は高校のクラスメイトだった。高校在学中は名前と顔が一致するかしないかという程度の付き合い、つまり何一つ関係性がなかった。

 卒業して半年経つかどうかの7月の新盆に、彼の訃報が同窓会幹事から届いて「鈴原ってどんな顔してたっけ…」と考えても一向に出てこない程度の、マジでなんの関係もないやつだった。ただクラスメイトというだけの他人だった。


 だからあっけらかんと笑ってほんの少し透けた体で私の家の寝室の枕元に突然現れた鈴原のたぶん幽霊ってやつに私はどうしてやったらいいか皆目見当もつかないままだ。


 鈴原は、というか鈴原と名乗る鈴原だったかよくわからない透けたやつはある日突然私が一人暮らししていたアパートに現れて勝手に暮らし始めた。とはいっても鈴原を名乗るよくわかんない奴(便宜上面倒なので鈴原仮と呼ぶがこいつがなんなのか私にはさっぱりわからない)は、いわゆる幽霊ってやつらしく、暮らすといっても鈴原仮は食べたり寝たりしないし触れるわけでもない。おしゃべりが好きなようで私が起きている間、私が手持ちぶさたにだらだらとTVや動画を見ている時にいつの間にか隣にいて感想を言ったり文句を言ったりしてくる。

 鈴原仮はおしゃべりなやつだった。本物の鈴原がおしゃべりなやつかどうかも知らないし、鈴原仮がと言って話すエピソードも一つたりとも経験した覚えはないのだがなぜか鈴原仮から知りもしない思い出話を「もう何度か話したことあるけどさ」のていで聞かされた。

 それで話した思い出の一つが、これだ。


「カステラにさ牛乳をかけて食うのが好きなんだよな、俺」


 私はチベスナの顔をして食べていたカステラを見た。期待に満ちた表情で鈴原仮はこちらの顔を見ている。仕方なく小皿にカステラを分けてやり冷蔵庫から牛乳をガラスのコップに少し注いで、鈴原仮の目の前に出してやった。そうしたら鈴原仮は幽霊だというのに生き生きした笑顔になって喜んだ。


「お前ってそういうやつだよな、だから好きなんだ」と鈴原仮は私に笑いかけてくる。

 だから好きなんだ、そう言われる覚えはない、カステラの話も今初めて聞いた。鈴原仮はたぶん致命的な人違いをしているらしかった。だって私はそんなこと聞いたことないし、それに高校在学中に会話をした覚えすらもない。

 本物の鈴原はたぶんだけど陽気なやつで、なぜかっていうとよく笑ってたし笑い声がバカでかくて教師から出席簿で頭を叩かれてもゲラゲラ笑ってるようなそんなやつだった。見かけただけだから実際陽気だったかどうかなんて知らないけど。バスケ部で昼休みに校庭に一番乗りしてバスケしてる姿をなんとなく教室から見たことがある。元気な奴だったと思う。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る