第12話〝大塚秋生〟は見た!
「また居ない……いつもはこの時間に帰宅するのに、どこかに寄っている? それはないか」
僕と同じでアウトローな彼女が、他の誰かと仲良くしてる姿が想像できなかった。
「ねぇ、また大塚君機嫌が悪そう」
「近づくのやめとこうぜ!」
「俺もナイフで刺されちまうよ」
中学時代の事件は、今もまだ消えていない。
世論に流されたとはいえ、実の親を刺したのだ。
死体は出なかったとはいえ、刺した感触は今も手の中にある。
周囲の噂は時が解決してくれるとはいえ、いつまでもその噂で盛り上がられるのは非常に傷つく。
たった一回のミスをなん度でも槍玉に上げる性格の悪さ。
そっちの方が悪だと僕は思う。
「この時間に下駄箱にいない、となると教室かな?」
同じクラスなので下駄箱に向かう時はすぐわかる。
教室から出て右側に下駄箱に通じる階段がある。左がトイレだ。
昼食は弁当箱を屋上で食べる。
僕と同じでクラスには馴染めず、集団行動は苦手。
髪もゴムで簡素に縛ってるだけ、最近シャンプーの種類を変えたかな?
少し鼻につく匂いだ。前の香りの方が好きだったな。
ここ最近、肩を組む回数が少なくなったのも関係してるかな?
前までは柔らかいものが腕に当たって落ち着かなかったが、ここ最近それを気にするようになった気がする。
それとも距離感をミスったか?
相手の距離感が近いのをいいことに匂いを嗅いでいたのがバレたのかもしれない。
思い返せば数え切れないくらい彼女に避けられる理由に思い当たる節があった。
普通の女子ならいやらしい視線を嫌うものだ。
でも彼女は僕と同じだから気にならないと思ってた。
僕がそれを良いことに過剰に接し過ぎていたのかもしれない。
だとしたら謝らなくちゃ!
家には帰ってない。隠しカメラにその情報が入ってないから。
校門から外には出ていない。それもカメラで確認済みだ。
ではどこに?
階段を降りてないなら上がった?
一年生のクラスより上は二年生、三年生のクラスとなっている。そのほかに職員室や視聴覚室などの教室がいくつかあった。
もしかしたらそこか?
僕はいても立ってもいられず、二階に上がった。
予想通り、彼女が視聴覚室にいた!
それも予想外の二人と。
小早川晶、清水優希。
僕に父の不正を突きつけ、クラスから居場所を奪った張本人だ。
もしかして脅されてるのか?
明菜さんが?
よく考えなくても威に屈するタイプではない。
なんならその口のうまさで取り込んで仲間にまでしてそうだ。
よくよく観察してみれば、笑顔で何かを話してる。
ずるいぞ! 僕を除け者にするなんて。
明菜さんは僕のだぞ! 奪ったら許さない!
しかしなんの話をしてるのか気になるな。
メンツは気に入らないが、ぜひ僕も仲間に入れてもらうべく……
「大塚君、そんなところで何してるの?」
カラカラカラ、と扉がスライドした。
清水優希だ。
僕の存在にいち早く気づき、様子を観察していたに違いない!
不覚!
「え、秋生? なんでここにいるんだよ。誰か呼んだ?」
「呼んでいませんわ。秋生さん? 申し訳ありませんが、本日は女子のナイショのお話なんですの。今日のところはお引き取り願えませんか?」
僕は信じられないものを見た。
僕の目の前にいるのは誰だ?
槍込明菜さん? それとも小早川晶?
清水優希はいつもと変わらず仏頂面だ。
「どうしたんだよ、何か言えよ」
「秋生さん? 本当に今日はおかしいですわよ?」
目の前の光景にドギマギする。
この人達は誰だ?
普段から気が強くて、オシャレとは無縁の明菜さん。
常に上から目線で、他人のものも自分のものと当たり前のように思ってる小早川晶。
その二人のはずなのに、まるで別人のように柔らかな笑みを浮かべていた。
「な、なんでもないよ。こそこそしてごめんね! じゃあまた明日!」
僕はその場から逃げ出しように駆け出していた。
鳴り止まぬ鼓動に拳を叩きつける。
そんなわけない。
僕が元婚約者に心奪われるだなんて、あるわけがない!
だってあいつは!
僕の家族をめちゃくちゃにして!
絶対に許せないことをしたのに!
どうして今なんだ。
「もっと早く、せめてまだ僕が僕のままでいられたときに、その変化を見せてくれよぉ」
誰かとこの気持ちを分かち合いたいが、残念なことに分かち合うべき友達は彼女のそばに行ってしまった。
今更クラスメイトに仲良くしようと接しようにも、周囲は悪い噂で僕を色眼鏡で見てくる。
もう誰も、僕を気にかけてくれないんだ。
逃げた先は、夕焼けが滲む河川敷。
そこで水切りをしてなんとか気持ちを落ち着けていたら。
「居た、急に駆け出すから焦ったぜ」
「明菜さん、どうしてここに?」
「なんかお前が心配でさ。その、お前に黙って親の仇に会ってたのは悪かったよ。けど俺の言い分も聞いてくれよな」
ニッと笑い、隣に無遠慮に座る。
そこでポツポツと言葉が紡がれる。
「本当はさ、お前から距離を置くように交渉を持ち出された。札束を積まれてさ、これで今までの接触を帳消しにしろって」
やっぱりか! 一度ならず二度までも!
僕からどれだけ奪い取れば良いんだ!
さっきはドキドキして来たけど、今は怒気怒気が上回ってる。
やっぱりさっきのは一時の気の迷いだった。
「もちろん、秋生は物じゃねぇ、友達だ。金でやり取りはしねーよ」
「ありがとう」
「そこはお礼じゃなく、信頼してくれよな」
そうだ。信頼だ。
あの女から奪われ過ぎてそんな感情さえ薄れていた。
やはり僕に必要なのは彼女のような普通の感性の女の子……
「で、金でのやり取りはせずにあいつとはダチになった。あいつは言っちゃなんだか、常識がねぇ」
「彼女は生まれが特別だから」
「だからってものには限度があんだろ。あいつ、よりによって金を積む以外にナイフをつけつけたり、裏をとって両親を脅すくらいの手段を取るんだぜ? 今年中学生になったばかりのガキがよ」
「僕と明菜さんもそうでしょ?」
「そうだったな。でもこれじゃ将来悪女まっしぐらだ。それは逆に勿体ねぇって思った」
「勿体ない?」
「そうだ。俺たちはまだ子供だからこそ、磨けば光る原石だ。錬金術的にいえば素材だな。生まれという品質こそ高いが、それだけじゃなんの役にも立たない。だからそこに俺という素材を投下して錬金してみた。お前にしたようにな」
「僕にも、錬金術を?」
「ああ、おかげでお前の笑顔が見れた」
肩に手を置かれる。見上げた先には人懐っこい笑顔。
それはもう僕にだけ向けられることは無くなったと悟る。
「その笑顔の錬金術を、彼女にも施そうというの?」
「あの子もさ、家の事情を押し付けられてる被害者なんだよ。だったら俺は救ってやりたい」
立ち上がり、拾った石で水切りを行う。
スカート姿を気にしない美しいフォーム。
そして見えた!
僕は彼女の笑顔をまっすぐに見返せなかった。
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