第11話〝清水優希〟の憂鬱

「何? 槍込の息女と友好を持った? でかしたぞ優希!」


晶ちゃんとのやりとりは決まって組織のボスである父に報告を入れる決まりがある。そこで今日の晶ちゃんの行動、そこで接触したターゲットの素性を語ったところで父が今までに見たことのない笑顔で語った。


「あの、養女という話ですが」

「血のつながりなどはどうでも良い。あの夫婦が我が子のように愛情を注いでいるという事実こそが大事なのだ」

「はぁ、ですが一介の錬金術師でしょう?」

「情報収集が甘いな。父親の配信番組に大陸が動いたぞ」

「大陸が!?」


それはもう日本国どころの話じゃない。

まさか槍込さんがそこまで大物だとは思いもしなかった。

だがその情報を擦り合わせた今、今まで疑問だった点と点がつながった。


「では、相手は小早川家以上の護衛対象となるのですね?」

「小早川家などそこいらの有象無象と変わらんよ」


散々世話になっておいて、この言い草。

もとい金の匂いのする場所への嗅覚は恐ろしい。


「では今後の警護対象は……」

「表向きは小早川に付き、緊急時は優先して槍込の御息女を優先しろ」

「了解しました」


父と娘。血の繋がりこそあるが、そこに親子の情はない。

私は生まれた時からエージェントとしての教育を施されており、自由に学生生活を送る余裕などなかった。


だというのにこちらの心の中にまで入り込んで時間適応外の愚痴を聞かされる。

お金のやり取りがあったとはいえ、小早川晶の護衛は心身ともに辛いものだった。


でも何処か、学生の生活ができたことを楽しく思っていたように思う。


でも、ここから先の優先順位は守らないと。


でも彼女、なんだかんだ口が達者だしねぇ?


ほとんどの学生があの状況に陥れば、お金を受け取ってきた。

その成功例が晶ちゃんの日常に歪みを与えた。

常識がズレていくことを知りながら私はその事実に目を瞑ってきた。


彼女は成功者だ。失敗は許されない。

そうなるように立ち回ってきた。

だが失敗を知らないからこそ、人の心がわからない人間になってしまった。

あの時彼女に言われたことが今も胸の奥に響いている。


〝捕まってないだけの犯罪者〟


それを言われた時、息の根を止めようと思わず行動に移すところだった。

それを護衛対象に聞かせたくなかったから?

いや、自分の起こしてきた行動を否定されたくなかったんだと思う。


だから友達になろうって言われた時は意味がわからなかったし、後日会うなり相談に乗ってくれって言われた内容に困惑した。


「あのさ、お前らってブラしてる?」


ゴニョゴニョと、他の誰にも聞かれたくないと恥ずかしげに耳打ちしてくる。


「ブラジャー、ですの? わたくしは分類上のものはしてますが。もしかして槍込さんはまだ?」

「そういうのとは無縁な生活送ってきたんだよね。この口調もその時の名残。女だと舐められるから男として暮らせってさ。で、俺はどう偽ろうと女じゃん? 最近成長期だからか胸が出てきてさ。それで里親に言うもんかどうかわからずに困ってるわけ」

「つまり女子のデリケートな話題に乏しいと?」

「そう、それ! それ教えてくれたら秋生とお前らの関係を後押ししてやっても良いからさ!」

「え、そんな事で諦めてくれるんですの?」

「俺にとっては一大事なの! 里親から女の子の日っつーの? なったら大変だって聞かされてさ。もう気が気じゃなくて」


いつも凛としてる彼女が、女子の普通のお悩みにしどろもどろする様は見ていて滑稽で。

どんなに暗い過去を持とうとも、どんなに偉大な里親を持とうとも。

彼女は平均的な女子中学生の悩みを抱えていた。


晶ちゃんが困ったような目で訴えかけてくる。

友達になる。今までは家柄が不釣り合いと家のものがその関係を認めてこなかった。

けど今回の場合、晶ちゃんより優先順位が高い。

非常に悩ましい選択でもあった。

いつもなら排除一択なのに、それができないのが悩ましい。


それと、普通の友達がいない晶ちゃんが変わるなら今を置いて他にない。


「友達、なってあげたらいいんじゃないですか?」

「わたくし、友達というものがどういうものかわかりませんの」

「そうなのか? 友達っていうのは、こうやって腕を組んで、そんで肩を抱き合ったらもう友達だ。クラスの中に一人くらいそういう関係の奴いねーの? 俺と秋生は友達だぜ?」

「生憎と。あ、優希さんとはそういう間柄ですわよね? わたくしのお悩みをよく聞いていただいてます」

「そのお悩みを確実に成功させるための命令遂行を心がけてます」

「それってただの主従じゃね? 友達っていうのはお互いを信用しあってモノの貸し借りをできる間柄だよ。例えば小早川の持ってるポーチ可愛いから貸してって言ったら貸してくれる関係。その代わり俺も欲しいのあったら融通してやれる」

「そういう、交渉ですの?」

「交渉じゃねーよ。そこに賃金は発生しない。貸し借りだ」

「貸したら帰ってくるんですの?」

「お役目を終えたらな」


それ、一生帰ってこない奴じゃないの?

晶ちゃん、騙されちゃダメだよ!

この子友達の定義を自分の都合のいいように考えてる!

搾取主義者の思考だよ!


「その貸し借りで秋生さんをお貸ししていただけると?」

「そうだ! その代わり俺が困ったら相談に乗って欲しい。それが友達だ!」


大塚君は個人が所有していいものじゃないよ!

なんで鵜呑みにしてるの晶ちゃん!?


「それでしたら、お友達になってあげても宜しくてよ?」

「そうやって上から目線はやめろ。俺とお前は友達、同等。OK?」

「ですが家柄が……」

「晶ちゃん、槍込さんの里親は海外の錬金術師達が注目する世界レベルの錬金術師で、うかうかしてると小早川家より総資産が上回る可能性を秘めてるよ?」

「えっ!」

「本人にその様子は見られないだけで、資産額なら兆に届くくらい稼いでるって話」

「えっそうなのか?」


なんで当の本人が知らないのさ。


「いや、だって家は普通だし会社の事務所も家にあるし。そんなに稼いでるなんて知らなかった。俺を引き取ってくれたのは感謝してるけど、そっか……それくらいの余裕があるから里親を希望したんだな。はぇー」


これは彼女に事情を聞いても大した話は聞けそうにないな。

晶ちゃんと違ってあまりにも家のことに疎すぎる。

だから護衛対象として接しても「なんで?」みたいな感じなんだ。


守られる側が何も知らないのは、これはこれで困ったぞ。

何せ今までのノウハウが全然通用しないって事だもん。

晶ちゃんは大塚君関連ですっかり信用しきっちゃってるし、私がしっかりしなくちゃだ。


「任務ご苦労。それと槍込家だが、案の定エリキシル剤が軒並み高く評価された。理論上実現可能だが、制作可能なのは当主の槍込聖のみ。よって娘の護衛レベルを3つ上昇させる」

「3つも、ですか?」

「日本の存続に関わるレベルだ」


晶ちゃんの護衛レベルは3。

一般市民は0。だから優先順位が高い。なのに4だった槍込さんの優先順位が7になった。これは内閣総理大臣クラスだ。

子供ですらそれって事は……?


「でしたら槍込夫妻は」

「合衆国の大統領クラスと言っていい」

「その家族を暴動から守るのが私のミッションですか?」

「お前はあくまでも娘の護衛だ。ちょうどいい年齢のエージェントが他にいない。後のことは組織の方で請け負う。余計な知恵は回すな」

「は!」


父からの通達後、これからのミッションの大きさを想定してひっそり泣いた。

今からそんなレベルの護衛ミッションとか泣けてくる。

今後関わってくる敵のレベルが随分と跳ね上がったからだ。

お給料あげてくれなきゃ割に合わないよ。

その日、枕をそっと濡らして眠りについた。

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