第10話〝槍込明菜〟の棚上げ術

「槍込さん、少しいい?」

「あん?」


下校時、見知らぬ女子生徒から声をかけられた。

知らない顔だし、同じクラスの奴じゃない。

特に共通点もないので無視しようと玄関に向かって歩こうとしたら出口を遮られた。


さっき後ろにいた奴が、今前にいる。

こりゃ一体何だ? 


「あら、逃げるおつもり? 泥棒猫の浅ましさが透けて見えますわ!」


玄関の反対方向、階段を降りながら声をかけてくる存在にイライラした返事をする。一体なんだ? さっきからこれは。帰宅の邪魔されてイライラしそうだぜ。

こっちはただでさえやりたくもない、女子中学生生活をさせられてるんだからな!


「あ゛っ!?」

「ヒィ! 優希さん、この女図星を突かれて正気を失ってますわ! わたくし、殺されちゃいますわ!」

「はいはい、大丈夫ですから落ち着いて」

「さっきから何なんだいったい。こっちはただ家に帰ろうとしてるだけ。なのに出口を封じられ、あまつさえ喧嘩ふっかけてきてそれに乗ったら今度は犯罪者扱い? どんな教育受けてたらそんな素っ頓狂な思考ができんだ?」

「それは私たちのお話に乗っていただければわかります。ですよね、晶ちゃん」

「ええ、それはこの小早川晶が保証いたしましょう」

「小早川……お前が小早川晶か!」


突然現れた女は、秋生に父親への親愛失墜の情報を与えた諸悪の根源だった。


「な、何ですの! 暴力に出たら訴えますわよ!」

「お前のその口から放たれた言葉は許されて、傷つけられた秋生はどうして許されない! こんなのおかしいだろ!」

「そのことについては悲しい行き違いがあったのです。ここでは目立ちます、少しお話をさせていただけませんか? 場所を移しましょう」


優希と呼ばれた女子生徒がわがまま婚約者と俺の間を取り持つ。

一見して膠着状態の俺たちの間を持ってくれた。

こいつがいなかったら俺はあの女の顔面に拳を叩き込んでいたのは間違いない。


で、移動した先は貸切の喫茶店。

金持ちアピールうぜーと思いつつ、自分も昔やったなと思い出す。


あれは確か落としたい女の子を誘う時だったか。

でも相手は女、女同士で話をするのにわざわざ貸切にするか?

どうにも話が見えてこない。


だが相手はあの小早川だ。用心するに越したことはない。

うちの純真無垢な秋生に殺人幇助を促す極悪人だからな!


「で、話って?」


差し出されたオレンジジュースのストローに口をつけ、促す。


「大塚秋生さんを解放していただけませんか?」

「解放? 俺は別にあいつを束縛してねーぜ?」

「貴女がそのつもりでも、秋生さんがそうではないのです。自然と貴女を目で追っています。それってつまり恋をしているということではないでしょうか?」

「は?」


口からストローがポトリと落ちる。

今何つった?

秋生が俺に恋してる?

ないないない! だって俺はあいつの親父だぜ?

親が子供に接しながらあれこれやりとりしてるんだ。

変な気起こす方がどうかしてる。


「冗談はよせ。俺と秋生はズッ友だ。そこに色恋なんて介在しねーよ」

「つまり槍込さんは秋生さんを恋愛対象として見ていないということですわね?」

「当たり前だろ。あいつとは境遇が一緒で気が合う友達だよ。それ以上でもそれ以下でもねー」


俺の話を聞き、目の前の二人が何かを頷き合ってテーブルにレコーダーを取り出した。


「今の言葉は録音させてもらいました」

「は?」

「後で意見を変えられても困るのです」

「晶ちゃんは本気で大塚君のことを大事に思っているんです」


何だこいつら、正気か?

ただの話し合いにレコーダーまで持ち出して。

まるで事情聴取だ。

いつからこんな殺伐とした世の中になっちまったんだ?

中学生でのやりとりじゃねーだろ、これは。


「は? じゃあお前はそこまで大事に思っているのに秋生をあんな目に合わせたってことか!?」

「あれは悲しい行き違いが!」

「さっきから思ってたがお前の思考が普通と違うんだよ! 何をどう考えたら好きな人の父親が不正していた証拠を突き止めたら、クラスで公開処刑だなんてできるんだ!? 普通そこは匿うなり何なりするだろ! 好きなんだろ? だったら最後まで責任持て! 経歴に傷をつけることがお前の愛の試練か? それを乗り越えた先に真実の愛があるとか本当に思っちゃってる頭お花畑か!?」

「ですが正義の心が不正を許せませんでしたの!」

「お前の親父だって散々不正してるだろ! なのに秋生だけ責めるのか? お前も同じ穴の狢なんだよ! 何が正義だ! 頭おかしいんじゃないのか?」

「それ以上のお言葉は看過できません、何卒、お口を閉じますように」


鋭い殺気と共に首元にナイフが突きつけられる。

最初からそういう意図か。

誰かを落とすでもない貸切は暴力に訴える前提での交渉の場だったか。

周辺を関係者で固めておけば口封じできるもんな。

理にかなってる。


でもよぉ、そうやって自分の思う通りにするのがお前らのやり方か?

金持ちってやつは本当にこれだから困る。


「あーはいはい黙りますよ。だがな、言ったろ? 俺も秋生と同じ境遇だ。カッとなっちまうのは癖だ。あいつのこと思ったらお前らのことなんて許せるわけねーだろ?」

「つまり親族に犯罪者を持つ家系なのですね? ですから口の利き方がなっていませんでしたの?」

「お嬢様、お前の発言がここで許される正当な理由は何だろうな? 俺が犯罪者の親を持つ子供だからか? それともお前の親が偉くて多少の不正くらいなら揉み消せるからか? この前提を理解してなきゃこの世から犯罪は無くならないと思うがどう思う?」

「犯罪者の身内はこれだから困りますわ」

「晶ちゃん、そうやって煽らないで、本題に入って」

「そうでしたわね。槍込さん、これで秋生さんから手を引いてもらえませんか?」


テーブルの上に置かれたのは庶民から見たら大金だ。

だが俺から見たら端金。

これでこれから犯罪を犯すけど見逃せ、そう脅されている。


「お前ら何か勘違いしてんぞ? 俺は秋生を保護者目線で見てる。俺からしてみたらお前らは秋生に相応しくない。そもそもの話、計画の立案者がお前で実行者が秋生だ。裁かれたのは秋生だけで、お前はなぜそうやって堂々と暮らしていける? 頭どうかしてるんじゃないか? お前は捕まってないだけで犯罪者なんだよ、この犯罪者! 弱者いたぶって気持ちよくなってるんじゃねぇ!」

「このお方は何をおっしゃってるんでしょう? わたくしが犯罪者ですって?」

「槍込さん、この状況を理解出来てる? このお金を手に入れるだけで君の疑いは晴れ、平穏が訪れる。たったそれだけのことでいいんだよ」

「で、不正を見逃し犯罪の片棒を担がせるのか?」


俺はどストレートに言った。

優希と晶が目を見張る。


「優希さん、このお方はさっきから何を言っていますの? これはただのお願いですわよね?」

「どうやら相手は手強いようです」

「あのな、お嬢様。普通お願いは上から目線で逃げ場を遮った上でナイフで脅してお金で黙らせることはしないんだ。もっと可愛くお願い! で成立するんだぜ?」

「そう……ですの?」


まるで自分の全てを否定されたようにしどろもどろになる。

さてはこの女、これが初めてじゃねーな?

グレーゾーンどころか真っ黒じゃねーか。

小早川、お前子供の教育失敗してるぜ?

これが将来優秀? へそで茶が沸くぜ。どうやらお前の目は節穴だったようだな、明俊。


「だが、まあその提案には乗ってやってもいいぜ?」

「急にどういう心境の変化ですの?」

「いや、俺ってほら。この性格だから同性の友達いなくてさ。友達になってくれるんなら、秋生を任せてやってもいいかなって。でもこういう回りくどいやり方はあいつを疑心暗鬼にさせるから今度からNGな」

「友達になれば許可するっていうのもおかしな話だよね?」

「ちょっと色々相談したいことあんだよ。親には言いづらいこととかさ。それに協力してくんない?」


そこから先は女子トークになだれ込む。

俺は女友達をゲットして、これから始まる生理に備えた。


秋生? あいつは最近俺に向ける視線が気持ち悪くてちょっとな。

距離を置こうと思ってるところ。

親としては金持ってるお嬢様にお持ち帰りされるくらいでいいと思ってるが、こうやって目線を合わせたら随分とドス黒い陰謀に巻き込まれてるのがわかった。


それはそれとして首謀者には一言ガツンと言ってやりたかった。

それが済めばあとは普通に友達として付き合った方が利があると思ったんだよ。

秋生にとっては厳しい試練かもしれないが、まぁ頑張って。

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