第5話〝小早川晶〟の執着

「不味いですわよ、優希さん。ひっじょうに不味いですわよ」

「何が不味いの、晶ちゃん?」


とある休日、昼下がりの室内で。

婚約者が傷害事件を出したニュースで世間が溢れかえっていた。

同席していた付き人の清水優希はあれだけ追い込んでおいて何言ってんだこいつ? と言う顔で仕えている主人を流し見る。


「秋生さんが、テレビで騒がれてしまってますわ!」

「あー、うんそうだね。いつかやると思ってた。あの子、ホラ。思い込み激しいし」

「ちょっと優希さん!?」


主人の言葉を右から左に流し、個包装されてる茶菓子の包みを開き、口に放り込む。俗に言うティータイムだ。


なのに話題が香辛料爆盛りの辛口。

主人のことを一番に思う使用人ではあるが、この時ばかりは違う話題にしろ、と目で訴えていた。それが一度たりとも叶った試しはないが。


主人の〝小早川晶〟も相当に思い込みが激しい。そう言う意味でもニュースで話題の人と非常に相性がいいように見えた。側から見ても決して仲がいいように見えたわけではないが、それでも婚約者という束縛からは逃げられない。


相手が事件でも起こさない限りは。

その事件が起きてしまった今、主人にとっての重大事件である婚約の解消が眼前に迫っているのである。


「晶ちゃん、最近大塚君に当たりキツかったもんねー」

「違います! あれは! そう、あれはわたくしに一向に気を向けてくれないからですわ! いくらクラスメイトだからって気を許しすぎです! わたくしと言う相手がいながら、他の女に鼻の下を伸ばすなど!」

「別に伸ばしてはないと思うよ? あの人、頼まれたら断りきれないタイプだから

「わたくしとの約束は断りますのに?!」


発狂寸前みたいな顔を出す晶だが、その約束の内容があまりにもひどくて優希はそっと目を逸らした。


ただ一日デートをするだけで、朝起きる時間から口に入れる食事の指定、コーディネートはこちらの指定(なお天気次第で三種類に変化)、全てパーフェクトでなくてはならないと言う圧倒的指示厨ぶり。


そんなことをされたら誰だって100年の恋も醒めるだろう。

相手を人間ではなく人形か何かだと思ってなくてはなかなか出ない発想を、晶は有している。


世界は自分を中心に回っており、周囲がチヤホヤしてくれるのは当たり前。

そんな思考を持って婚約者と接していた。

だからこそ、婚約者に見合う努力もしている。

だからその努力の分、自分は愛されるべきだと言う願望が極めて強かった。


「悪かった晶、私の見る目がなかった。大塚秋生との婚約は破棄だ! あの男、私との契約を反故にしおって! 絶対に許さん! おお、愛しの晶、泣かないでおくれ。おまえに涙は似合わない。それよりも……さぁ、この中から次の婚約者を選びなさい」

「嫌です! わたくしは秋生さんがいいです」

「お父さんを悩ませないでおくれ。あの男の将来は暗い。それにおまえが付き合う必要はないんだよ? ほら、こっちの子もみんなおまえが大好きだ。ぜひ婚約してくださいと頭を下げにきてくれてるんだ。隣の部屋で待っててくれてる。ちょっと会うだけ会ってみようか。ね?」


会ってみた結果。

晶の好みのタイプとは程遠いかった。

血筋は十分、お金はある。

けど目がダメ、にやけ面が不快。口を開けば会社の自慢。自分で成し遂げたことは何一つなく、自分がない。


それは小学生である晶も秋生も同様だが、親の金の自慢しかしない子供と比べられるのは癪だった。


「なぜ、あんな方をわたくしの婚約者なんかに?」

「何か気に入らないところがあったかい?」

「全部で・す・わ! 全部! あの方、口を開けば会社の自慢、お金持ってるアピールばかり。誰を相手にしているかわかっていますのかしら!?」

「だが相手は海外との流通をしている海運事業の重役のお子さんだ。今はだらしなくとも、おまえが舵取りをしてコーディネートしてあげなさい。よくするも悪くするもおまえ次第だよ。それを考えると悪くないだろう?」

「一度だけですわよ?」


一週間後、晶はその男とデートをした。

秋生と同様に難色を示した男はたちまち怒り出し、俺様に歯向かうとは何様だ! と手を出してきた。

秋生ならば絶対にしない、真摯に欠ける行動。

けど相手は秋生と違いすぎた結果……暴力に及んだ。


「お嬢様!」

「優希、この男を排除なさい」

「なんだ貴様! この俺が誰だかわかっているのか! 出会え出会え、賊が出たぞー!」


わらわらと現れる荒くれ者たち。職質を受けたらどちらが捕まるか明白だったが、捕まえられないように頭を回す悪知恵だけはよく働いた。


「なんだこいつ、強いぞ!」

「グエー」

「ひでぶー!」

「たわば!」


しかし小学生エージェントの清水優希の手にかかれば荒くれ者たちなど一網打尽。

秋生と違う意味でお縄についた婚約者候補を見送り「やっぱり私には秋生しかいませんわ」と心を新たに小学校を卒業する。



そして中学入学式。晶は秋生の入学する中学を探し当て、編入するも……

秋生にまとわりつく女子生徒との逢瀬を目撃してハンカチを噛み締めていた。

もう婚約は解消され、フィアンセではなくなったと言うのに。


「なんですの、あの女……わたくしの秋生さんにあんなにベタベタと。淑女たるもの、もっと慎ましやかにするべきじゃありませんの?」

「晶ちゃんにライバル登場だね!」

「あんな田舎女と同じ舞台に立つつもりはありませんわ! 格の違いを見せてあげます!」


実の父親である晃であるとも知らず、晶は秋生に近づく女を片っ端から暗殺リストに書き連ねる所存だった。

しかし、最初に書き綴った一人目以降、増えることはなかった。


「どうしてですの? 秋生さんは優等生です。もっとモテても良いはずですわ?」

「誰かさんの余計なお世話で経歴に傷がついちゃったからね。みんな大塚君が怖いんだよ」

「その誰かさんは許せませんね! わたくしがとっちめてあげますわー!」

「その誰かさんは晶ちゃんの事だよ?」

「わたくしですの!? ちょっとどう言う事ですか? わたくしが秋生さんに何をしたと言いますの?」

「まだ理解できてないの? ほら、大塚君のお父さんのスキャンダル。興信所を使って洗いざらい証明して見せつけたでしょ?」

「ええ、正義の使徒であるわたくしの正しい行動ですわね。それがどうなさいましたの?」

「それに金目当てのマスコミが食いついて、面白おかしく脚色して捏造。会社の金を横領して豪遊した男とその家族は犯罪者だと騒ぎ立てたの。ほら、大塚君の家、こんなことになっちゃってる。晶ちゃんと同じ正義の使者の行いだよ。行きすぎた正義はね、悪と変わらないんだ」

「これは……わたくしが悪いんですの?」

「どちらにせよ真実なら遅かれ早かれこうなっていたかもしれない」

「でしたら!」

「でも大塚君が今こうなってるのは、少なからず晶ちゃんが関係してるよね。クラス中に聞こえるようなよく通る声で言ったんだもん。知ってる? 大塚君てモテるんだ」

「それはもちろん存じ上げてますわ。だからわたくしもこうやって自分磨きを頑張っていますのよ!」

「だから好きな人を取られたと言う理由で特定の男子からは嫌われている」

「えっ」


晶はようやく信じられない、と言う顔をした。

それは理解の外にあった感覚。優希も極力その話はしてこなかったが、今になって話したのはこのまま常識が歪み続ければ今期を逃し続けるだろうことが予期されたからでもあった。


「大塚君を貶めようとする勢力に余計な情報を与えちゃったんだよね。晶ちゃんは」

「わたくし、そんなつもりは!」

「なくても悪い事を考える人はいるって事だよ。みんながみんな善人じゃない。この前の婚約者だって力づくで晶ちゃんに言う事聞かせようとしてたでしょ? みんな晶ちゃんの味方じゃないように、大塚君にも敵がいるんだ。それがお互いに見えてなかっただけだね」

「わたくしは……どうすればよかったんですの?」

「もっと素直に大塚君が好きなことをアピールして、大塚君好みの女の子になる事から始めようか」

「わたくしが合わせるんですの?」

「時にはそう言うことも大切って事。じゃなきゃどこぞの馬の骨に取られちゃうよ?」

「それはダメです! 秋生さんはわたくしのものですわ!」

「誰のものでもないよ。だってもう晶ちゃんの婚約者じゃなくなっちゃったから」

「どうすればいいんですの! こんなにお慕いしてるのに!」

「心で思ってるだけじゃダメダメ! もっと行動しなくちゃ。でも前みたいに興信所に頼むのは無しね」

「ダメなんですの!?」

「流石にそうやって公に裏取るのは反則だと思うよ。中学生の色恋に大人を駆り立てるのは……無粋ってやつだよ」

「優希は時折難しい言葉を使いますのね」

「私は幼い時からこの業界に身を置いているからねー、多分同年代より達観してるんだと思う」

「よくわかりませんわ」

「今はわからなくてもいいよ。でもちょっとづつ理解してこうね。私たちはまだ子供で、子供のルールで世界と戦う必要があるってことを」


優希の物言いをなんとか飲み込みながらも、晶は秋生の気を引く作戦に出た。


「あの女の素性を調べるのはアリですわよね?」

「それくらいなら私が調べておいたから」

「流石ですわ!」


その素性を聞いた時、晶はようやく秋生攻略の手がかりが手に入ったと満面の笑みを浮かべた。

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