第4話〝大塚秋生〟の青春
僕は昔から大人の言うことを聞く、いわゆる優等生だった。
クラスメイトからも好かれていて、お願いされて答えてきた回数も多い。
けどそんな日常が瞬く間に変わった。
お父さんが不正を働いていたかもしれないと言う噂と共に。
噂を持ち込んだのは婚約者の晶ちゃんだった。
「ねぇ秋生さん、知ってらっしゃる? あなたのお父さん不正に加担してるそうよ? それで得たお金であなた達家族は生活してたんですって。嫌ですわー」
いつもの嫌がらせだ。彼女はことあるごとに嫌味を言う。
婚約者なのに僕が積極的に彼女に構わないから、今回もそんな噂を広げて興味を持たせて自分だけ見ろ、て言うつもりなんだ。
「初めて聞いたよ。どんなの?」
「ふふん、罪をお認めになるのね」
「認めるも何もそれがお父さんだって証拠はちゃんと掴んでるの?」
僕は猜疑的に晶さんに聞き返す。
この子は事実を捻じ曲げて話す虚言癖がある。
もしそれが嘘だった場合、罪の大きさに耐えきれずに苦しむのは自分なのに、小学六年生になってもわからないなんて子供だなぁ、って思った。
けど、蓋を開けてみれば出るわ出るわ罪状が。
「勿論、証拠は揃っていますわ! これが小早川家の総力を出して集めた大塚さんのお父様の正体ですわ!」
相変わらず大きい、よく通る声でクラス中のみんなが注目。
特に今回はクラスの人気者の僕の家に関わる醜聞だったために食いつきが良く、その噂は一日で親からご近所まで知れ渡った。
その結果、僕はクラスから居場所をなくし、家に引き篭もるようになった。
お見舞いに来る晶さんの必死そうな顔と「そんなつもりはなかったの、ごめんなさい秋生さん!」と言う謝罪の言葉は今更言ってももう遅い。
相手の家庭の事情に土足で入り込む悪い大人のターゲットにされてしまった。
毎日電話が鳴りっぱなしで、訪問客にしては態度の悪いインターフォンの連打攻撃。
お母さんはノイローゼになった。
ご飯を作りにきてくれていたお姉さんも物理的に来れなくなって、ひどい時は家に落書きをされたり、大きな石を投げ込まれたりした。
僕たちがあなた達に一体何をしたと言うのか。
帰宅したらお父さんは事実無根、会社の同僚にはめられた。
お父さんに全ての罪を押し付けるつもりだと言った。
どこまでが本当かわからず、僕も聞き返してしまった。
お父さんの噂の真偽、それが原因でクラスにいられなくなった理由。学校に行きたくない理由、転校先でもそれが理由でいじめられるんじゃ……様々な葛藤が瞬時のうちに駆け巡った。
結局、お父さんは真っ黒だった。
大嘘つきだった。
嘘を嘘で塗り固めて生きてきた人特有の、すぐに嘘をつく癖を見抜けなかった僕たちも悪い。だから僕は……嘘をついて僕たちを騙してきたお父さんを……あいつを許せなくなった。
僕から温かい家族、クラスメイト、ちょっとだけ扱いの難しい婚約者、さらにはマイホームまで奪い去ったにも関わらず、ヘラヘラして被害者の相手を追い詰める様を見た時は生かして置けない。あいつを生かしておいたら僕以上の被害者が出る。
だから僕は観客に紛れて生放送の番組に飛び込み、刺した。
身勝手な理由で16回お腹を刺した。お父さんを刺すたびに抱えていたモヤモヤが晴れていくようだった。こんなことならもっと早くしていればよかったと言う気持ちにさせてくれる。
観客席からの声援をもらい、僕はヒーローになった気分だった。
悪は滅びた! 正義は勝つ!
そんな余韻は、すぐにパニックになった観客の声で掻き消された。
言葉による暴力は浴びせていいが、障害となると事情が変わってくるらしい。
先ほどまでの声援は阿鼻叫喚の渦に飲まれた。
お父さんへの恨み節から、僕への恐怖に切り替わる。
カッとなったら親でも刺し殺す。
犯罪者の子供はやっぱり犯罪者だ!
そんな身勝手な憶測から僕は犯罪者の烙印を押された。
なんでだよ! なんでだよ! なんでだよ!
みんながお父さんは悪いやつだ! 死んでも許されるみたいに言ったんだろ!
今更真に受けるとは思わなかった!?
ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!
僕はみんなの声を聞き届けて実行した。
僕は悪くない! 僕は悪くない! 僕は悪くないんだ!
お母さんもそんな目で見ないで。
お母さんを助けたくてやったんだ。
だからそんな悲しい目をしないでよ。
僕は児童施設へと預けられた。
父は死に、母は実家に戻った。僕はもう手に負えないらしい。
不正をしたあいつが悪いのに、僕が何をしたって言うんだ。
ひどいよ。みんなしてひどい。
僕はみんなの声を聞いて立ち上がっただけなのに。
もしかしてそれがダメだったの?
じゃあもう聞いてやらない。
僕が怖いんなら勝手に怖がっとけ!
僕知らないもんね!
自分のことなら自分で勝手にやればぁ?
そんな風に過ごして中学生になる。
僕は早速クラスで浮いた。
悪い噂がクラスに蔓延してる。
親の不正でのうのうと生きてきた息子。
怒らせたらすぐナイフを取り出してくる、近寄らないほうがいい。
まるで犯罪者のような扱い。
児童施設でも似たような扱いだったので慣れた。
僕は孤独な一匹狼。
何人たりとも近づいちゃいけないぜ。
言ってて悲しくなるけどそれでいいのだ。
「おい、お前大塚って言ったっけ?」
「何、槍込さん」
横合いからガラの悪い声がかけられる。
相手の名前は嫌でも覚えた。
父が搾取していた相手が養子にとった子供。
境遇からしてみたら僕と似てる。
施設に預けられてた子供を、錬金術の見どころがあるから引き取られた。
運の良い少女だ。
そんな少女から、児童施設の先輩としての心構えを教わった。
「いいか、そんなしけた面周囲に晒すな? 相手がイキがる原因だぞ? 苦しくても辛くても笑え! そうすりゃイジメは消える。お前に負荷をかけることにはなるが、自分の犯した過去は消えねーんだ。だが俺はお前を信用する。だからお前も俺を信用しろ」
「ありがとう槍込さん」
「明菜でいいよ、その代わり俺もお前のこと秋生って呼ぶから」
「うん、明菜さん」
「呼び捨てでいいつってんのにさ」
彼女とは一瞬で友達になれた。
小学生の頃の上辺だけの友達とは違う、真の友情がある友達だ。
彼女は僕が錬金術に興味があると言ったら里親に相談してみると言ってくれた。
本当は彼女のプライベートの姿をもっとみたいだけだったのに、あっさり了承してくれて、そう言うところも前の婚約者と全然違うなって思った。
「ようこそ、我が家へ」
「お邪魔します」
「いらっしゃい、大塚君。いつもうちの明菜がお世話になってるそうね」
「俺が世話してやってんだよな?」
「あはは、どっちだろう?」
「おま、そこは俺って言えよ!」
グイグイくるのは明菜さんだけじゃなかった。
里親のお母さんもまたグイグイくるタイプだったのだ。
「こんにちは、その歳で錬金術に興味があるんだって? 将来有望だな、お母さん、これは明菜もゆくゆくはお嫁さんだな。早速ホームビデオを撮ろう」
「良い考えですわ! 聖さん」
「ちょ、お前らいい加減にしろ! そう言うんじゃねーっての! 素材部屋借りるぜ! ほら行くぞ秋生」
「うん、明菜さん」
「まぁ、この子達ったらもう名前呼びですよ!」
「僕もパンチングマシンで鍛える時期かなぁ。上手く殴れる自信ないや」
「殴る前提なんですか!?」
「そりゃ人様の子供を奪うんだ。殴られても仕方ないよね?」
「ヒエッ」
僕は勝手にビビりながら、明菜さんの手に引かれ素材部屋に。
薄暗い冷暗所、興奮して肌を上気させた年頃の男女が密室で手探りで声を掛け合う。
「悪いな、うちの里親、養子とか関係なく子煩悩でさ。秋生も律儀に殴られなくていいんだぞ? カウンター決めてやれ、カウンター!」
それって僕が明菜さんとそう言う関係になるのをOKしてくれるってこと?
上擦った声でそう言う明菜さんの背後に周り、手を重ねる。
「うひゃ! びっくりするな。音もなく背後に回るなよテメー」
彼女が動くたびに冷暗所にシャンプーのいい匂いがする。
「ごめんごめん、目的の素材あった?」
「薬草の品質がわからねぇ、親父のことだから全部品質は確かなんだけど、そこから一等いいのを選びたいな。ほれ、見てないでお前も手伝え」
「うん」
「ちょ、お前近いって! そんな間近で俺の顔見て楽しいか?」
楽しいって言ったら彼女はなんと答えるだろう。
僕は普段突っ張ってる彼女がこうした一面を見せるのが楽しくて仕方ない。
僕には晶さんのような難解なパズルは早すぎた。
明菜さんのような突けば反応する相手がちょうどいい。
「おい、秋生。さっきから手が止まってるぞ?」
「気のせいじゃない?」
「気のせいなわけねーだろ! 俺の手元に全部素材があるのに、お前の手にはなんもねーじゃんか!」
ぽこんと殴られる。全然痛くない。
強がっちゃってかわいいなー。
そんな思考を僕の脳内に埋めていた。
部屋に戻って錬金術の教えを乞う。
やっぱり才能のある人はすごい。
ものの数分でポーションを作り上げてしまった。
僕は真似したけど品質F止まり。
それからつきっきりで品質がDになるまで教えてもらった。
言葉のほとんどははっきりと覚えてない。
真剣に錬金術に取り組む彼女の横顔に夢中になっていたから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます