第23話〝大塚晃〟は生まれ変わる


品質の高いポーションを時間内に何本作るかではないのか?

最終的に量より質。そう思っていた俺はこの勝負が槍込のために用意されたもの、出来レースであると判断する。


あとで言いがかりをつけて番組そのものを無茶苦茶にしてやる。

そんなつもりで始めた勝負……蓋を開ければ槍込の圧勝だった。


やっぱり仕組まれた戦いだったか。

そう思い、不正を突きつけようと声を上げるが、誰も言葉を発しなかった。


まるで理解不能な物を目の当たりにしたかのような静寂。

タイムアップの音はもう鳴った。

だが、誰一人とさえ一言も発しない。


一番最初に我に帰ったのは司会進行の女だ。

鑑定メガネを装着し、俺、渡部、槍込の順で発表した。


俺、品質Aポーション60本、品質Bハイポーション15本。

制作時間一時間ももらえればこんな物だろう。

素材の品質が良かったのもあり、A品質が出やすかったのが救いか。

大手の素材じゃAに乗せるのも大変だもんな。


続いて渡部。あいつはエクスポーションを品質Bで100本も用意した。

流石だぜ、俺でも難しい品質Bを100本も用意しちまう。

だからこそ目の上のたんこぶだ。


だが槍込はその上を行った。

どう考えても不正。誰の目から見ても明らかだ。


品質Sポーション100、品質Sハイポーション100、品質Sエクスポーション100、品質Aエリキシル剤1本。


最初の三品は事前に用意してたんだろうな。目玉にする為に用意したエリキシル剤だなんて特級薬物。

ただの話題稼ぎだろう。

それが本物であるかどうかを知らしめる手段もない。


テレビがやらせだと言うことは知っていたが、ここまで酷いと世も末だな。

俺は槍込に対する不正を摘発、洗脳されている一般人の目を覚ますように訴えかけた。

そんな俺に対して、ヤジが飛ぶ。


みんな槍込のトリックに騙されているのだ。

俺はみんなの目を覚まそうと声を張り上げた。

みんなからは批判的な声。


そして背後からの鈍痛。浮き上がる体、朦朧とする意識の中で、最後に見たのは……


「この嘘つき野郎! 母さんをこれ以上悲しませるな!」

「あき……お?」

「お前が、余計なことをするから! 僕たちは住む場所を追われたんじゃないか! この! この!」


怒りに満ちた息子の姿だった。

俺は大量の血を流し、意識をぷつりと落とした。

会場内は突然の凶行にパニックに陥り、突然の乱入者も捕まえられ……騒ぎは瞬く間に世間に晒された。


<真昼間の凶刃! ホラ吹き錬金術師天誅! 実行犯は実の息子?!>


テレビや週刊誌が食いつきそうな話題だ。

俺の実力は世間に公開されることもなく、頭のおかしい錬金術師として噂された。


それから一週間後。

息子は留置場に送られた。興奮状態がおさまったら泣きじゃくり、あとはダンマリを決め込んだ。

まだ成人してないのもあり、初犯。

人を刺したことは許されないが、被害者が周囲にされた差別や迫害を考えると一定の同情が送られた。

犯罪者の身内として、世間では白い目で見られている。


妻は俺との離婚調停中に死別したことにより喪に服した。

元々体もメンタルも弱い女だ。

それで死んで損切りと言わんばかりに大塚家とのつながりもバッサリ絶たれ、両親とも俺に対して酷い憤りを感じているらしい。


散々俺の稼ぎで豪遊したくせに!

同罪だろ。なんで俺ばかりこんな酷い目に遭うんだ。

おかしいじゃないか。


くそ。考え事ばかりしてたら尿意が押し寄せてきた。

この体は不便だよ。蘇生させるんならもっと完璧な状態で蘇生させろよな!

ふーどっこいしょ。


尿を放つとき、男とは違う解放感を感じることが出来る。


「こーらー、明菜ちゃん! 音が外まで丸聞こえよ! 音楽鳴らしなさいって言ったでしょ!」

「うるせー、そんぐらいそっちが配慮しろよ! まだ慣れないんだかんな!」


ったく、保護者として名乗り出てきた時は正気か? と驚いたが。

正直死ぬ前の俺の状態じゃ詰んでたのは事実。

実の親から縁を切られ、会社と家族にも縁を切られ、マイホームは強盗の溜まり場と化し、金も住む場所もなかった。


考えれば考えるほど、今の境遇はありがたい。

だというのに心のどこかで恨み節が募る。


名乗り出たのが俺の元から逃げた男と、一度も靡かなかった女。

今更どの面下げて里親してるんだか。俺は正気を疑った。


「一応僕の作った薬の経過観察も含めてる。元男とはいえ、今の君はどこからどう見ても小学校高学年の女の子だ。女の子のことはその道のプロであるヒカリちゃんの方が詳しいからさ、協力してもらってる。そういう訳で大塚君、体に変化が起きたら教えてくれると嬉しいな。この薬の効果も僕にとっては貴重な研究材料となる」

「ち、俺に対する嫌がらせかよ」

「むしろ先輩からしてみたら大塚さんを気にも止めてないんですよね」

「ちょ、ヒカリちゃん?」


は?

里親の一人、望月ヒカリの言葉に頭の中にクエスチョンマークが敷き詰められる。


「どういう事だよ、槍込。お前にとって俺はライバルでもなんでもなかったっていうのか?」

「ライバルというか、コミュニケーション能力の高さは尊敬してたよ。よくもそんな思ってもない事ペラペラ口にできるなーとか、錬金術師の癖に研究そっちのけで私腹肥やすことができるなーって。僕だったら絶対無理だからさ」

「馬鹿にしてるだろ!」

「してない、してないよ!」


本気で殴っても、槍込の鍛え上げられた腹筋に弾かれてぺち、ぺちんとしか音を鳴らさない俺の右ストレート。

あいつが硬くなったのか? それとも俺が弱くなったのか?


確実にわかるのは、もう暴力で相手が屈しないという事実だった。


「くそー、俺の人生終わった。死のう」

「こらこら、せっかく生き延びたのにそうやってすぐ自殺しないの。それとこれ」

「あん、なんだよこれ?」


寄越された紙を一枚捲ると、そこに書いてあったのは中学入学の案内用紙。


「おい、もしかして……冗談はやめろよ。今更ガキに混ざってお勉強とか拷問もいいところだろ、おい」

「流石に明菜ちゃんぐらいの年齢の子供を自由にさせておくのは私たちが許しても、日本の法律が許さないわ。それに世間の目もあるし。今一番注目されてるのよ、私達。たとえ血のつながりがなくても、家族として紹介されたらあなたは嫌でも目立つわ。だからって自由にして良いことにはならない。それに大塚さんの意識が残ってるって知られたらどうなると思いますか?」

「会社が嗅ぎつける?」

「ノンノン、テレビがモルモットにしようとあの手この手で芸能デビューさせようと仕掛けてくるでしょうね」

「うげ」

「だったらここにいたほうがいいでしょうし、それと学校なら報道陣も押し寄せて来ないでしょう」

「俺が見せ物になる事実は変わらないじゃないか……」

「そこはいつもの立ち回りのうまさで回避してください。得意でしょ?」

「ああ、はいはい。そうするよ!」


こうして俺は、女として生きることを強制された。

それも中学生から。


男としての俺は死んだ事となり、今は身分を変え、名前を変え。

槍込明菜として生きている。


だから、中学校で、人相の変わりすぎた息子を目の当たりにした時、胸の奥が締め付けられる思いだった。

俺の行動で、優しくて父親思いの息子が豹変してしまった事を、今更突きつけられた気持ちだった。


「なぁ、お前大塚って言ったっけ?」

「なに? 僕に何か用? 槍込さん」

「お前のこと聞いたぜ? 親に苦労したんだって? 俺もそうでさ」

「槍込さんは……養子なんだっけ?」

「ああ、俺の親も俺のことを金のなる木くらいにしか思ってなくてさ。散々貢献してきたのに、利用できないと知るなりあっさり切ってきた。捨てられたんだ。お前は……いや、話さなくていい。週刊誌やテレビに載ってる情報ってのは嘘っぱちなんだろ? あいつらは面白おかしく事実を捻じ曲げて発表するからな」

「槍込さんも、そうだったの?」

「まぁな。そんなことよりお前だよ」

「僕?」


拳を捻って胸に叩き込む。

ぽすんと軽い音がなった。


「あんまりしけた顔すんなよ。周囲が調子にのっちまう。辛くても悲しくても、それを周囲に気取らせたら終わりだ。一生食い物にされちまうぞ? だから俺は笑うようにしてる。にっしっし、真似してみろ」

「にっしっし、こう?」

「まだ表情が硬いな。こうだ!」


口の両端に指を突っ込んで無理やり広げる。

息子も同じ様に広げた。

最終的には変顔合戦になり、いつしか笑い合う。


ちょっとは気が楽になったかな。


「ねぇ、槍込さん」

「明菜でいいよ。その代わり、俺もお前のこと秋生って呼ぶから」

「僕たちもう友達かな?」

「ったりめーだろ。また誰かにいじめられたり、いじめられそうになったら俺に言え。すぐに駆けつけてやっからさ」

「うん!」


こうして俺は息子を懐柔することに成功した。

なぜか俺の後ろ姿を頬を染めて見送る息子の視線に気付かぬままに。

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