第20話〝大塚晃〟は罪を重ねる

世間で噂されてる全ては、事実無根であり、これは俺を貶める同業他社のネガティブキャンペーンであると釈明配信をした。


コメントは0。同時接続は12。かろうじて二桁を守っているが、最初に90名聞いていた筈の残り72名はどこいったんだ? クソッ!


広報部の仕事はこれでおしまい。

偶には労いの言葉でもかけてやろうかとエクスポーション部署に入ろうとしたらカードキーが更新されたのか、手持ちのカードでの入場はできなくなっていた。


そのことについて直談判しに行ったら、社長から後出しでこんなことを言われた。


「え? エクスポーション部署に入れない? 当たり前だよ。今の君は広報部所属なんだから。権限がないよ」

「なんでですか!? 俺は! 研究者で! 熟練度90で! 世界で二位の男ですよ?」

「きみきみ、流石にそれは盛りすぎだよ。日本で二番目としておきなさい。渡部君でさえようやく100を越えて世界基準だ。それに満たない君が、いくら吠えても現実は甘くないぞ? ワッハッハ」


何笑ってんだ、他人事じゃないぞ?

うちの会社が貶められてるんだぞ!

頭湧いてんのかこいつ!


「そうではなくてですね! 俺はそんな話聞いてないって言ってるんですよ! 俺はずっとエクスポーション部署の主任だと思ってたから、片手間で広報もしてて! そう思ってたんです!」

「とは言えね、君、忙しさを理由に先月から一度もエクスポーションを作っていないそうじゃないか。峰君も嘆いていたよ」

「それは……優秀な彼女が居たので、つい頼ってしまって」

「だから定時で帰っても問題ないと、そう思ってるわけだね?」

「ち、違う! 俺は全ての業務を終えた上で帰宅しています!」

「君が統括しているつもりで、実は全権を峰君に委ねていた。そうだろう?」

「そ、そうなんですよ。あの子はいずれ俺の後を追う人材として、ここは勉強のために俺も心を鬼にして!」

「そうか、やはりそうだったか! そうだと思ったよ」

「ははは、やっぱりそう思ってくれましたか。さすが社長です」

「なのでエクスポーション制作部署の主任は峰君に据えた。今までご苦労だったね、大塚君。これからはうちの広報部主任として頑張ってくれたまえ。ワッハッハ」


俺もつられて笑いそうになったが、全然笑えんわ。

なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ!

ちょっと仕事任せたくらいで降格?

どころか部下に実績を丸々奪われて、この先エクスポーション部署の収入も入らず、広報の収入だけで食ってけだと?


ふざけるな!

誰のおかげでこの会社が大きくなったと思ってるんだ!

俺が、高い熟練度を持つ俺がいたからだろうが!

そこを分かっているのか!!?


「嫌だな〜社長。冗談がすぎますって」

「残念だよ、大塚君。君が犯罪者予備軍であるにも関わらず、断固としてその事実を認めない姿勢が、非常に残念でならない」

「さっきから一体なんのお話をされているのです?」

「君、刑事告訴されているよ? パワハラにモラハラ、それに経費による使途不明金の使い込み、多額の横領が内部告発された。我が社にも何度か警察が事情聴取しにきている。鷹取君や富野君は事実を認め、君が首謀者であると語ってくれた。長期間、以前自主退職を勧めたポーション制作部署主任である槍込君の実績を着服していたようだね?」

「は?」


なんの話だ。

知らない、知らないぞ! そんな話は!


「まだシラを切るつもりか! 大塚晃! 貴様のおかげで我が社は破滅だ! 温情で会社に置かせてやってるのに、口を開けば文句しか言わない! 今まで通りの給与がもらえると思うな! くたばるその瞬間まで扱き使ってやる! 我が社と一蓮托生だ。覚悟しろ!」


先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変、社長は悪鬼が如く興奮して顔を真っ赤にさせていた。勢いに押され、俺は尻餅をつく。


不正が明るみになった。

警察が動いた。

弁護士は、今更雇ってももう遅いとばかりに誰も名乗りを上げてくれなかった。


ひ、ひひひ。嘘だ! こんなの認めない!

俺は勝ち組なんだ!

むかつく野郎も、生意気な女も、全部俺の言いなりで!

俺の言うことを聞くために生まれてきたんだ!


天から二物も三物も与えられた存在。

それは俺であるはずなんだ!


こ、これは夢だ!

きっと悪い夢だ。

へへ、家に帰れば愛しの妻や、最愛の息子が待っててくれ……


全てが夢で終わる。

そのためのリセット装置である自宅へ帰宅すると、そこには家のあらゆる場所に落書きがされ、石でも投げ込まれたような形跡が各所に散見された。


自家用車は全てのタイヤに釘が刺され、パンク。

バンパーが剥がされ、内側が剥き出しになっていた。

フレームはひしゃげ、中身が全て持ち去られた後だった。

室内は屋外から侵入された形跡が複数あり、金庫は開かれ、衣服が散乱している。

金目のものは全て物ち出されたかのように、室内はがらんどうだった。


そしてとどめとばかりに置き手紙。


──もうこんな暮らしは懲り懲りです。息子の教育の為、実家に帰らせていただきます。


メモの下には離婚届。

相手側の記載が済まされており、あとは俺の分を書くだけだった。

信じられない! 妻は息子を連れて逃げていた。

こんな状態になった俺を一人置いて、安全圏に逃げ込んだのである。


嘘だ、嘘だ!

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!


俺は、恵まれた星のもとに生まれて!

これから日本一位になる予定で!

子供だって外にたくさん作って! それで!

大勢の孫に囲まれて! 大往生して!


ピンポーン。


チャイムがなる。立っていたのは警察官。

室内に灯りが灯っていたのを確認しての来訪だった。

近所の誰かが通報したのかもしれない。

その時点で近所は敵。


逃げなきゃ。

何よりも先にそう思った。


「大塚さーん、居るんでしょ? 入りますよー」


ガンッと強い音。

扉が強引に開かれたのだ。


複数人の靴音。

裏庭にも侵入していて、脱出経路も塞がれていた。

俺に残された手段はもう、一つしかなかった。


「あぁああああああ!! あああああああああああああ!!」


俺は日曜大工用のトンカチを手にして、裏口を固めていた警察官に殴りかかった。全体重を乗せた一撃である。

ブランクこそあるが、元探索者。

Dランク以上にはなれなかったが、一般人を昏倒させることなど容易い!


「ぐっ! 対象発見! 交戦中! 至急援護を頼む!」

「グゾ! 邪魔を!! ずるなぁ゛っ!!」


ガンッガンッと複数回殴って昏倒させる。警察官の服を脱がし、それに袖を通す。そして人混みに紛れて逃げた。


すぐに昏倒した警察官は見つかり、俺は瞬く間に指名手配された。



逃亡中、街頭テレビで何かの番組を生放送していた。

錬金術界の未来を担う次代の錬金術師との生トークらしい。

そこに映った名前を見て、かろうじて保っていた俺の正気がプッツンと音を立てるのを聞いた。


〝槍込聖〟


俺の元から逃げさって、俺の全てを奪った男。

俺の金魚の糞でしかなかったあいつが、今俺の座っていた席に手を乗せようとしている。


それが許せなくて俺は番組のスタジオへ殴り込みをかけた。


都合の良いところに俺が以前から目をかけていた女を発見する。


〝望月ヒカリ〟

相手は驚いた様子だ。


ヒヘ! こう言う生意気な女を調教するのも好きなんだ。

お前は一度も俺に靡かなかったよなぁ!?

今度は組み敷いてたっぷり調教してやる!

邪な願望に身を悶えさせていると、遠くから呼びかける声。


「久しぶりだね、大塚君」


〝渡部詩織〟


俺が今最も嫌ってる女第一位。目の上のたんこぶ。

ちょっと錬金術の才能があるくらいでチヤホヤされてるクソアマ。

俺は軽口を叩いて相手を挑発した。


相手からの挑発。今ここで日本一位を決める番組が始まる。それに出演しないか? そんなオファーが降って湧いた。

世間は槍込の野郎を信じ切ってる。

今俺にかけられてる嫌疑が嘘八百であることを俺自身が証明してやるのだ!


これから槍込に勝負を挑み、勝負に勝ったら言うことを一つ聞かせる権利を得た。

しかし勝負の方法は俺の想定するものとは違っており……


「は? ポーションを時間内に何本高品質で作れるか?」


なんでそんな無駄なことを……だがいいだろう、ここで俺の実力を示して証明してやる。

覚悟しろよぉ、槍込ぃ! お前を倒して、連れかえれば俺は安泰だぁ!

ひゃーーははははは!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る