第19話〝渡部詩織〟は誘い入れる
拙者の名は渡部詩織。
今をときめく錬金術師。日本ではトップになれたと周囲からチヤホヤされているが、世界全体で見れば、井の中の蛙である事は明白。
拙者にとって道半ば。
されど熟練度の高さでようやく世界の平均点の仲間入りをしたのもあり、周囲からの熱狂を身に受けて、騒がれても仕方ないと思った。
熟練度100。
つい先日のアイテム製作で至った境地。
実際には50の時とそうそう変わらない。
作れる薬品の引き出しが増えた程度。
世界には拙者以上のまだ世に認知されてない錬金術師がいるに違いない。
そんな思いで目を皿のようにして不出征の錬金術師を探していたところ、出会ったのが『神籬ホトリ』だった。
彼女の第一印象は陽のモノ。
近くにいたら灰になりそうなほど眩しくて、周囲をぐいぐい引っ張っていく引力が働いている。
まだまだ駆け出し配信者なのだろう。
しかしポーション作りのコツを聞いて考えを変えた。
拙者とて、まだまだ品質Sを安定させて作ることなどできない未熟者。
世間の評価でこそ、日本一と呼ばれているが、それは運が良かっただけだ。
たまたま錬金術師界の権威の一人娘として生まれ、メディアに取り上げられやすい環境にいた。
素材をねだればすぐ手元に入ったし、学者が論文付きで発表したレシピはすぐに自分のものにできた。
偶然に偶然が重なって、今の拙者がいる。
中身が錬金術オタクの拙者が、何をどう間違えたらテレビの生放送だなんて任せられるのか。
怖くて怖くて仕方ない。
そんな折、昔付き合いのあったとあるメーカーの広報の女性から連絡があった。
望月ヒカリ。対人恐怖症の拙者が困っていた時に助けてくれた恩人である。
彼女は大手製薬の広報課で働いており、お招きされてのトークショーで受け答え形式を提案してくれた。
拙者は語り始めたら止まらないところがある上、多くの人が理解に苦しむ内容を口にすることが多い。
それを短くまとめてくれたのも彼女だった。
「いつぞやは大変お世話になった。今日は何用ですかな?」
「実は、先日いただいたオファーの件で」
オファー? したっけ?
彼女とは何年も連絡を取り合っていなかったはず。
そこで会話を聞いているうちに浮かび上がってきた点と点がつながった。
「あ、そうでした。私、独立して個人Vをしてるんです。神籬ホトリって名前で。そっちのですね、私の先輩である槍込聖をゲストに迎え入れたいとオファーが来た件でのご挨拶で」
そこで全ての違和感が繋がった。
「あーーーー!!」
「わっ、びっくりした。いきなりどうしました?」
「望月さん!」
「はい」
「望月さんがホトりんだったの?!」
「はい、そうですよ。お久しぶりです、しおりんさん」
「なんかどこかで聞いたことある声だと思ったー」
緊張の糸が解け、拙者は知り合いにのみ見せるマシンガントークを繰り出す。
おかげで受け答えしてくれる相手は限られるが、望月さんはその中でも唯一と言っていいほど拙者の適合者だった。
彼女の先輩、槍込聖もまた同じ性質を持つのだとそこで知った。
ひじり君の中の人。ヤリコミノミコト様。そして槍込聖。
今世間が最も注目してる人。
会ったら驚きますよ、だなんて脅されてその日を待った。
そして当日。
ほぎゃーーーーーー!
そこには想定だにしてなかったイケメンがいた。
望月さんのうそつきーーーー!
どこかひじり君にそっくりな体型よ!
どこにも面影残ってないじゃないのよーーーー!
腰を抜かしながら拙者は番組スタッフに手を貸されながら起き上がる。
「本日はよろしくお願いします、しおりんさん」
「はわわわわわわ、しゅき」
「ありがとうございます」
うわわわわわ、惚れてまうやろこんなん!
でも今日はお見合いじゃなくて錬金術の番組だ。
錬金術師界のトップとして恥ずかしい真似は見せられないぞぉ!
がんばれ、拙者!
番組は予定通りに始まった。
生放送ではあるが、以前までと同様の質問応答形式。
ただ、全員がひじり君に見惚れた状態から番組入り。
「この体型で表に出たのは初めてですので照れます」
そんな言葉を口にした。
望月さんも同じようなこと言ってたっけ。
ぶくぶくに太ったクマのぬいぐるみであるひじり君。
槍込聖は全く同じ体型だった、と。
そう、だったのだ。
そこからシェイプアップして他所行きの、今日番組に出るために仕上げてきたのだ。拙者と同じように。
番組の主題は錬金術後進国の日本がどのように今後対峙していくのか。そしてダンジョン探索者に向けた新商品の告知。特別ゲストとの対談。と言う形式で進行していく。
カメラが周り、番組のコールが入る。
拙者はいつもの作り笑い。
司会者の案内の後に専用の入り口から入って席へと腰掛けた。
出来る女としての振る舞いは付け焼き刃もいいところだが、場慣れはしてるつもり。
撮影所の袖口でひじり君は緊張した面持ち。
なんだ、可愛いところもあるんじゃないか。
イケメンで、この日のためにシェイプアップしてきて度肝は抜かれたが、まだまだこの環境には不慣れな様子。
お姉さんが手取り足取り教えてあげようじゃないか。
そんな気持ちで居ると、自然と緊張がほぐれていつもより噛まずに質問に答えられた。
生配信なのでNGは出せないのだが、それがより緊張を生むものだ。
応答はバッチリ答えられた。
CMに入ったので、ひじり君に再度挨拶に行く。
「や」
「どうも」
「緊張してる?」
「大勢の人に見られる状態がどうにもむず痒くてですね」
「常に錬金術のことばかり考えておけば、すぐに忘れるよ」
「ああ、なるほど。合点がいきました。しおりんさんの豆知識、使わせてもらいます」
「そんなので良ければいつでも使ってくれ」
腰の低い態度。
あんなにイケメンなのだから、もっと余裕バリバリなのだと思ってた。
望月さんと同等か、それ以上くらいに。
けど、そうじゃない。こちら側であると知れて尚更親近感が湧いた。
彼は一体どんな切り口で錬金術界にメスを入れてくれるのか。
今から楽しみで仕方ない。
熟練度240。
それは拙者の想像もつかない世界。
自称か、他称か。
それがこの番組ではっきりとする。
そんな折、スタジオの階下より騒がしい声が上がった。
「おい! 誰だお前は」
「俺はぁああああ! 槍込を連れ戻しにきたんだぁあああ!! 離せ!」
「どうした?」
スタッフの一人に声をかける。
するとどうも読んでない人物が階下で暴れてるようだと連絡が入った。
その人物とは、最近何かと話題に上がってる自称日本二位の男。
大塚晃だった。
「大塚さん!? どうしてここに!」
「望月さん、ちょうどいい! 君も帰ってこい!」
「きゃ!」
正気を失ってるのか、相当に追い詰められた形相で、望月さんの手を掴んで引っ張る。凄い力だ。どれだけ振り払おうとも、振り解けない。
彼女にどうしてそこまで固執するのか、分かりようもない。
「何をしとるか! 貴様!」
「誰だぁ? 俺様に指図するものはぁ!? 俺様は日本で二番目に偉い錬金術師様だぞぉ? 控えおろう!」
大塚は大手製薬の社員証と、熟練度90の証明書を翳して印籠のように見せつけた。
そんなもの使って、ここに居る人物が止められるものか。
それが通用するのは同じ業界の、それよりも熟練度が低いものにだけ。
テレビ関係者や、その業界の上積みに至るものにはなんの効果もない。
「久しぶりだね、大塚君」
「お前は……渡部詩織! どうしたぁ? とうとう俺様に一位の座を明け渡す気になったかぁ? ヒヘヘヘヘ」
「熟練度上位の者にはもう少し敬意を持っていただきたいね。しかし君もタイミングがいいね、ちょうど今日、ここで歴史が動く。君も見ていくといい」
「はぁ?」
何を言われたのかまるでわからないと言う顔。
番組スタッフ達は放送を延期するかどうかの打ち合わせ中だ。
「監督、この男は日本で二番目に腕の優れた男です。色々と噂に尾鰭が付いていますが、白黒つけると言う意味ではいい番組のネタになるかも知れません」
自分の口から出たとは思えないくらいにスルスルと、番組続行の意思表示が出た。
「俺様が一ばぁああん!! うおっ! うおっ! うおっ!」
強い薬でも打ったのか、興奮状態にあるようだ。
普段の彼からは程遠い。何が彼をそこまでさせるのか。
「よぉし、そう言う理由なら責任は俺が持つ! 番組再開だ!」
監督の掛け声によってCMが明け、特別ゲストをもう一人追加しての収録を始める。そこで予定変更して座談会から、実力を見せつける為にポーション制作速度を競うイベントを用意した。
ダークホースの槍込聖。錬金術日本一位の拙者。そして二位の男。
誰が一番優れてるのか、今日、ここで決まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます