第18話〝槍込聖〟は顔出しを許可する

前回の配信は、切り抜きで思った以上に擦られた。

ワイドショーでは杜撰な管理体制などと企業を問題視する声が上がるが、それ以外のSNSではポーションを週に二万本作る僕のスペックと、それを搾取していただろうO氏、T氏の身元調査が進んでいた。


そこで大手製薬で一番名前の売れてる大塚君がヒット。

顔も売れてる彼と、最近配信者として何かと問題発言をしてる彼の切り抜き動画がショート動画に流された。


今や大手製薬は売り上げが急勾配し、株価も大きく下がっている。

うちのお得意さんでもあるので、早期回復して欲しいものだが。

こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないか。


「先輩、うちの配信の高額スパチャネキことしおりんさんからコラボのお誘いが来てますがどうされます?」

「同業者だっけ?」

「はい。ただ、彼女はVじゃありませんし、名前も顔も世界的に知られている日本で最高峰の錬金術師でもあります」


そう言って彼女の写真を見せていただく。

なんというか好奇心をその顔に乗せた出来るキャリアウーマンみたいな顔。

年齢的には僕の一つ下。

ヒカリちゃんの同級生か。


比べる訳じゃないけど、同じ年齢なのにヒカリちゃんの方が幼く見えるのは生きてきた環境なのだろうね。別にヒカリちゃんが苦労してないとは言わないけど。


「綺麗な人だね、この人からコラボのお誘いが来たんだ?」

「はい。実践的な錬金術配信をされてる方で、多くの企業ともコラボされてます。過去に大手製薬ともコラボしてもらいまして、私もその時広報部の一人として立ち会いました。同じ歳なのにすごい人がいるって当時からもてはやされていましたよ」

「そっか、知り合いなんだ」

「ただ先輩、この人は見た目こそ美人ですが、中身は生粋の錬金術オタクなのでギャップに驚かないでくださいね?」

「え? どうみてもキャリアウーマンに見えるけど」

「それは擬態です。先輩がブランド服着て人気の美容師にカットしてもらった時と同じ状態です」


あれ、長続きしなかったんだよなぁ。

女子がお金かかる理由って……プロの美容師さんに日通いしてるから説が濃厚なのも頷ける。

僕のイケメンモードは美容師さんに掛かってその日のお風呂に入るまでだった。

まぁ元からあんまり髪型に気を使わないからね。仕方ない。


「つまり、中身が僕そっくりってこと?」

「先輩が女子だったらああなるだろうなって可能性ですかね?」

「そこまで酷いの?」


当時の自分を想像して、苦笑いする。

風呂は可能な限り入らず、歯磨きも必要最低限。

寝る暇も惜しむから体がむくんで、髪もボサボサ。

そんな状態になってる彼女を想像して思わず同情してしまった程だ。


「私は引きましたね。あの方はいつどこで倒れてもおかしくないって思ってます」

「あー、なんとなく理解できた。つまりあれか、錬金術で死ねるなら本望とか思っちゃってるタイプ?」

「うちの配信に生活費まで注ぎ込むタイプですので、はい」


それはだいぶ末期だな。

まぁ他に使い道ないから気持ちは分かる。

僕もヒカリちゃんの配信に高額スパチャ投げつけてたことがある。

そういうところまでそっくりときた。

今から会うのが楽しみだな。


「それをやめさせるためにもコラボしておこうと?」

「別に先輩と比べるわけじゃないですけど、日本の錬金術も世界に通じると自信を持っていただきたいですね」

「なるほどね。僕は彼女の技術サポートをすれば良いわけか」

「ただ彼女も顔出し配信してるもので、先輩にも同じ覚悟をしていただきたく……」

「え、いつものひじり君/ミコト様での出演じゃないの?」

「出演オファーは当チャンネルではなく槍込聖……つまり先輩の方に直接来てますから」

「そういう……つまり僕も世間に顔出し配信する日が来たわけか」

「体を鍛えておいて良かったですね」


本当にね。まだムキムキには程遠いけど、お腹はタプタプから脱却出来た。シックスパックは理想だけど、左右に割れた達成感は大きい。


「まぁ僕もあんな配信をした以上、表に顔を出しておく必要もあるか」

「ですね、作品の商標登録をするには生産者の顔写真が必須です。技術提供をする上でも一度顔は出しておく必要はあるとだけ。なので正式にはウチとのコラボじゃなくて先輩としおりんの錬金術トークショーのような感じです」


それを聞いて、顔を青ざめさせる。


「え、ヒカリちゃんは出ないの?」

「一応スタッフとして近くで見てますけど。一人じゃ不安ですか?」

「めちゃくちゃ不安。今から大勢の視線に慣れておく必要があるかも」

「じゃあ、お外に出て今からデートでもしますか? 嫌でも人目に慣れますよ?」

「その前に髪型のセットもしておきたいな」

「そうでしょうとも」


その日はヒカリちゃんと色んな人に見られながら衆目から一目置かれても気にならないコツを掴んだ。これで準備は万端だ。



コラボ当日、スタジオの入っている雑居ビル前はマスコミがこれでもかと詰めかけていた。

僕は今話題の人らしく、お話を聞くための飛び込みが多いのだそうだ。

しかし実際に僕がその場に登場しただけで騒がしさは静まり返った。


「誰あの人?」「タレント?」「あんな人来るなんて知らなかった」「ちょっとあなたあの人に声かけてきなさいよ」「嫌ですよ、先輩が聞きに行ってくださいよ」だなんて揉め事が起きるくらいには騒ぎになっている。


僕の通り道は、自然と割れて、誰も通行の邪魔をしようと知る人がいなくなったのは笑ってしまった程だ。

遅れてやってきたヒカリちゃんが僕へと尋ねる。


「誰も先輩だって気づきませんでしたね」

「お陰様で、別人になれたよ。それもこれもヒカリちゃんのおかげだね」

「先輩の努力があってこそですよ」

「そのきっかけをくれたのは君だよ。さぁ、スタジオに向かおう」

「4階みたいですね」


その階に赴き、スタジオ前ではまた人だかり。その中で後輩に向けて手を上げる者がいた。


「望月さん!」

「渡部さん!」


しおりんさんの苗字は渡部さんと言うのか。

二人は出会うなりガッチリハグし合う。お友達にしては随分と仲の良い感じ。


「それで槍込さんは?」

「こちらです。先輩!」

「初めまして、しおりんさん。槍込聖です。今日はよろしくお願いします」

「あの、ひじり君の中の人ですか?」

「はい」

「ひえぇえ、しゅき♡」


ニコリ、と微笑みかけただけでその場で腰を抜かした。

どうしたものやら。


「先輩のベイビーフェイスが性癖ドストライクだったみたいですね」

「収録前までに復帰できるかな?」

「大丈夫ですよ。推しを前にすれば大抵のファンは腰抜けになります。特に今の先輩の破壊力は過去最高峰ですし」

「それ、全く当てにならない情報だけど大丈夫?」


前の僕が最底辺もいいところだから、着替えただけでも評価変わるよね?

その上痩せて散髪したら……破壊力強すぎて再起不能になってない?


「大丈夫ですよ、この方もなんだかんだでプロフェッショナルです。時間になれば再起動しますよ」

「ならいいけど」


実際、収録前には復帰して、打ち合わせなどを済ませた。

なぜかその際一切顔を見てくれなかったけど。

正直そこまでか? と自分でも思ってしまうほどだ。


人が割れて道ができるのなんてフィクションだけかと思ったが、実際に起こるもんだな。


そして番組が始まった。

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