第17話〝大塚晃〟は不正を突きつけられる

「大塚晃のトーク・トーク・トーク。本日のレクチャーはこれまで。またの配信を待っててくれよな!」


収録を終え、配信を切る。

最初こそどうなることかと思ったが、慣れれば特に問題ないな。

ただ一つ、悩みの種があるとすればこの優れた頭脳の使い所がここでいいのかって事くらいか。

本来なら同業他社の研究員と錬金術師会の明日を担う談義に打ち明けていたいのだがね。


しかしこれも仕事。ポーション制作業務を峰君に任せた今、俺の仕事として大手製薬を盛り上げていかなければならない。これも必要な犠牲というやつか。


収録を終えたらあとはそのままアーカイブ化して投げるだけ。

峰君はこんな作業に一本数時間は拘束されるという。

俺からしてみたら児戯に等しい行為。だが彼女のスペックでは仕方のないことか。これが俺とその他の違いという奴なんだ。

持って生まれた才能の差を僻んでくれるな?


そんな懐かしき部下の居場所に労いの声かけも忘れない。

俺は出来る男だからな。


「峰君、調子はどうだね?」

「ああ、大塚元主任。本日はどのようなご用件で?」


元? なんの話だ。俺はこの部署の主任を辞めた覚えはないぞ?

周囲のスタッフ達も何をしに来たのかという視線を送ってくる。

一体どうしたというのだ?


「何かあったか?」

「実は品質上昇の研究に行き詰まってまして」

「幾つだ?」

「えっと、BからAですが?」

「ポーションのか?」

「えっ」

「ん? 俺は何かおかしなことを言ったか?」


品質はCまでで良い。それが大手製薬の開発理念だ。

Sにするのなら、それはそれで価値はあるが中途段階には意味がない。

ボーナスをもぎ取るには品質S。

それが何よりも求められる。


「エクスポーションの品質のお話をしています」

「そうだったか。Cは安定して揃えられ、次はB、Aと調子よくランクアップさせて行ってるのだな? 俺の研究を引き継いでの研究成果、俺も鼻が高い」

「はぁ……」

「どうした? 疲れが溜まってるんじゃないか? 少し休憩を入れたらどうだ。珈琲でもどうだ? 一杯奢るぞ?」

「すいません、本日分のノルマがあるので失礼します」


なんだろうか? 今日の彼女はいつになく棘があるように思う。

広報部署との兼任をしてから一週間。

俺の教えで成長したことを褒めれば、気分を害したような態度をとった。


スタッフの何人かがパソコンを開いて配信を聞いていた。

メモをとっていたり、何度もシークバーを戻して読み込んでいる。

勉強熱心だな。俺の配信を聞いてもっともっと高みへ行け。

そして俺にその恩をたくさん返せよ?

全ては俺の思うままだ。ふははは!


気分が良くなり定時で我が家に帰ると、そこでは妻が血相を変えて俺の帰宅を待ち侘びていた。


「あなた! 秋生が!」

「秋生がどうした?」

「もう学校に行きたくないと!」


一体何がどうしたというのだろう。

俺がいうのもなんだが、息子の秋生は俺に似て頭がよく、要領もいい。

イケメンに育ってるからな。女も選びたい放題だ。

だというのに学校に行きたくないなんて言い出したそうだ。

ここは俺が父親としてガツンと言ってやるところだろう。


「秋生、父さんだ」

「お父さん? お父さんは不正なんかしてないよね? 僕……学校のみんながお父さんは不正してたって事実無根の大嘘を言われたんだ。でも僕はお父さんを庇ったの。それが癪に触ったのか、お父さんが不正したって証拠をたくさん並べ立てられて! 僕お父さんが本当に不正してないのかわからなくなっちゃった! だからもう僕、学校に行けないよ! お父さんが不正なんてしてないってわかるまで! 僕……うわぁああああああん!」


理解が追いつかない。

不正? 一体なんのことだ。


「母さん、これは?」

「なんでも小早川さんのお嬢さんから不正を疑われたそうなんですよ」

「小早川の?」


息子の将来の相手にどうだとあてがった男の娘か。

同じ学園にいたとは……しかし不正とはなんだ?

全く身に覚えがないぞ?


「しかしなんでまたそんな不正を疑われる情報が出たんだ? もし仮に事実だとして、俺はそんなことに手を染めてないから安心しなさい」

「本当に、信じていいんですね?」

「母さんまで俺を疑うのか?」

「でも……こんな動画が出回っているんですもの。スキャンダルが大好物な主婦層は面白半分で聞いて回るわ。実際に今日のお昼、何度もマスコミの方が取材に来られたのよ? あなたの不正についてどう思われるかって」

「マスコミが?」

「夫は不在ですって追い払ったけど明日も来るかもしれないわ。秋生も、学校にまで押しかけてくる可能性もあるから当分お休みさせた方がいいと思って」

「そんなことになっていたのか。おのれ、俺や家族に無実の罪を着せるなんて許せない奴だ。俺が直々にその相手をとっちめてやろう!」

「すぐに無実の証明を明かしてくださいね。でないと私たちはノイローゼになってしまいそうよ」


妻の疲れ果てた姿をみたら抱く気分になれず、その日は一人で慰めた。


そして翌日。社長が俺を名指しで呼ぶと、これは一体どういうことかね、と口角泡を飛ばして大声を出した。

全く、すぐに俺に責任を追及するのは辞めて欲しいものだ。

まぁそれだけ俺が頼られているという裏返しでもあるが。


「大塚君! 今話題になってるこの画像、心当たりはあるのかね?」

「それですか。被害妄想もいいところです。それに一度錬金術を齧ったことのある人間の言葉とは思えません。週に2万本でしたっけ? それを作らされたなどと荒唐無稽もいいところ。そしてイニシャルのO氏でしたっけ? 確かに俺のイニシャルはOですが、これは偶然の産物。なんだったら俺の名声を僻んだ外部の嫌がらせでしょう。名前が売れすぎるとこういう輩がよく出てくるんです。大丈夫ですよ、そんな事実は一切ありません」


実際にそんな真似ができるのは槍込くらいだ。

あいつめ、俺が温情をかけてやったのに恩を仇で返しやがって。

しかし馬鹿な奴だ。匿名とはいえ、経験談からお前だと丸わかりだ。

これじゃあ居場所を特定してくれと言わんばかりである。


「大塚君?」


俺が槍込を捕まえた後の皮算用をそろばんを弾いていると、社長が大丈夫かね? という顔で声をかけてくる。おっと、俺としたことが。

ついつい妄想に更け込んでしまった。


「では君の方から配信で釈明配信してもらえるかね?」

「それくらいでしたらお安いご用です。要件はそれだけですか?」

「そうだ。他にもあったんだ。君に任せた広報の件だが、前任の望月君より数字の伸びが悪いね」

「まだ任されて一週間ですよ? 10年のベテラン広報の数字に付け焼き刃が追いつけるものではありますまい」

「そういうものかね?」

「そういうものですよ。錬金術だってそうでしょう? 気持ちばかり逸っていては良いポーションは作れないものです」

「そうか、ならいいんだが。今の数字が続くようならボーナスの件はなかったことになることだけを報告しておきたくてね」

「それは困ります。なんとかなりませんか?」

「実際に君の配信を聞いて興味を持ってくれた外部事業所がないのだから難しいよね」

「では、外部事業が増えればなんの問題はないと?」


まだまだチャンスはある。

槍込聖だ。あいつさえ手元におけば全てが元通りになる。

ただ、味方のいないあいつが誰と組んで配信してるのか気になるな。


もっと情報を探さねば。

元の生活に戻れば、風評被害も会社の悪評も全て握り潰せる。


首を洗って待ってろよ、槍込聖ぃ!


俺は上機嫌で社長室を後にした。

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