第16話〝望月ヒカリ〟は策を弄する
最近、先輩が優しい。
普段は私がお世話してあげてるのが日常。
ずっとそうしていくものだと思ってたし、それは苦じゃなかった。
命の恩人であるのもそうだし、錬金術の楽しさを教えてくれた先生でもあるからだ。だからこれは恩返し。
けど最近積極的で私の方がドギマギしてしまうことが多くなっている。
こんなの前までなら考えられない。
ダイエットも頑張って、お腹もシュッとしたので服のサイズが合わなくなった。
じゃあ一緒にお買い物しましょうか。そんな感じに誘えば、いいねと了承してくれた。
今までは誘っても「適当でいいよ」も一点張りだったのに。
錬金術以外でも自信がついたのなら、ダイエットにお誘いして良かった。
そして、モテる財力を持って先輩をカッコよくしてもらう作戦が始まった。
普段から安いシャツにスラックス。その上から白衣を纏うだけの生活。
シャツは毎日お洗濯してるから新品だけど、一体何年着回しているのか、どれもよれていた。
なので全てを一新するべく高級ブランド店で一式揃えた。
ぽっちゃりボディは細身になり、いろんなものが似合う。
髪がボサボサしてるのだけが、マイナスイメージ。
なので美容室でイケメンにしてもらうと……先輩の面影が消えるほどのイケメンが現れた。痩せたらイケメンだなんてずるい!
ただ年相応かと言われたら、その表情は苦労とか一切してこなかったようなベイビーフェイス。
ほぎゃーーーー!?
私の心臓はうるさいくらいに鼓動を鳴らしていた。
これは多分、きっと恋のはじまりだ。
今までの恩義が全部吹っ飛ぶくらいの破壊力があった。
美容師さんも、あまりの先輩のイケメンぶりに固まっている。
私も興奮して普段通りに接することができない。
でも中身は先輩のままだということを忘れてはならない。
カッコいいですよ。見違えましたと言えば照れた笑みを浮かべてくれた。
こんなん惚れない方がどうかしてるわ!
今までぽっちゃりだった先輩は誰からも注目を浴びてこなかったけど、この状態を維持してたら色目をかけてくる女が増える。
私は絶対に手放したくない一心で、女が屯する喫茶店やレストランを外し、男臭いラーメン屋で昼食を取った。
ここだったら私が視線を浴びるだけで済む。
私はどうだっていいけど、先輩を男に飢えてる女子の前に晒すのだけは絶対に死守すべきだった。特に先輩は推しに弱いから、私以外の誰とでも誘われたら断りきれずにホイホイついていってしまいそう。
だったら私の方が耐性を持ってる。伊達にこの歳までお一人様をしていたわけでは無い!
言ってて悲しくなってきたわ……忘れましょう。
そして、帰宅後。スーツにラーメンの匂いがついてしまったと嘆く先輩に、私はダメになったら買い換えればいいですよとお金持ちアピール。
お金はこれから稼げばいい。忙しくなれば使う暇の方がなくなるから。
そんな事を考える私に、先輩はありがとうとにこやかに微笑んでくれた。
そこにはいつもありがとう、世話になってるなどのニュアンスも含まれるが、全部まとめてオールオッケー。私はどういたしましてと微笑み返した。
今日はちょっと興奮しすぎて眠れないかもしれない。
それもこれも格好良くなった先輩が悪いんだ。
落ち着きを取り戻すためにネットサーフィンで冷静さを取り戻す。
どうも大手製薬が大ポカをやらかしたようだ。
先輩の作ってたポーションが規格外だった事を後から知って、値上げ交渉をした、というニュースが飛び込んできた。
笑っちゃうのが、品質Cのポーションを品質Sの値段に置き換えるという愚行である。
先輩無き今、品質Sを作れる人材なんて社内に居ないのに、何で品質Sが作れると思うのか。
それは社長が自らの目で品質のチェックをしてないからだ。
だから先輩がバカみたいな品質を作っても見向きもしなかった。
先輩がバカみたいなノルマを課せられているのにも気づかなかった。
それらを掌握していたのは、大塚晃ただ一人。
先輩をその気にさせ、成果を丸々奪う事で地位を高めていた存在。
その取り巻きの鷹取と富野も同罪。
けど、大悪は大塚晃ただ一人。作戦立案、実行を全て一人で賄って、人身掌握術で持って出世した。
先輩の金魚のフン。それが大塚だ。
その大塚が配信者デビューした時は笑いが止まらなかった。
私は後任に一切引き継ぎをしていない。
どうせ会社は個人Vでも何でも雇用すると思ったからだ。
だが、実際は会社側もその界隈に対して無知蒙昧。
やれば評判が上がる程度の認識で、他人の褌で成り上がった男を起用した。
口が回る以外で努力のどの字すら知らない男が、リスナーに何を教えられるというのか。
検索すれば、出るわ出るわ不満の声が。
一番多かったのが、無能な上司に叱咤されてる気分になってブラバした。と言う感想。それに同意する声が非常に多かった。
社内と同じ感じで喋ればそりゃそうだろう。
自分が上で、相手が下。そんな上から目線でポーションの解説をするのだから、すぐに接続数は落ちた。それでも二桁を稼いでいたのは社内の温情だろう。
私の時は3桁だった。本来なら4桁いる筈の社員。
そこから4桁、5桁と伸びていったのは全て私が努力した結果。
その努力もせずに同じ数字を稼げると思ってるうちは、あの男に未来はない。
そもそも、あの男はエクスポーション生産部署の主任だったのではないか?
先輩無き今、配信作業をする時間があるのだろうか?
もしかして生産部署から干されたか?
だとしたらこんなに喜ばしいことはない。
私はルンルン気分になって、自分の仕事に打ち込んだ。
復讐相手が勝手に自滅してくれるんだ。
こんなにチョロいことはない。
「何かいいことあった?」
「いいえ、どうしてそう思うんです?」
「だって嬉しそうな顔してる」
先輩からそんな事を聞かれ、話すべきか迷った挙句に洗いざらい話した。
「へぇ、大塚くんが配信者にねぇ」
先輩はどこか思い詰めるような顔。
「あの人に配信は向いてるとは思いませんけど」
「うん、僕もそう思うけど。僕だって案外そうだったよ? でもヒカリちゃんのおかげでそれなりに接続数が伸びてきてる。彼にも同じくらいサポートしてくれる相手が出てきたらわからないよ?」
果たして本当にそうだろうか?
私は首を傾げる。
先輩は不器用なだけで、実力は優秀だ。
けど口だけ達者なだけで実力が伴ってないあの男は?
「ライバルになると先輩は思っていますか?」
「どうかな? でも僕に対してあれほど横柄な態度を取ってたんだし、実力はあると思う」
その実力、全部先輩の成果をまるパクリしたものなんですよー!
喉元まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込んだ。
逆にこれはいい機会なのでは? そう思ったからだ。
先輩はあの男に対してまるで悪感情を抱いていないところがある。
そして今の風貌なら、当時のような上下関係になることはない。
先輩がいじめられていたのは容姿とハイテンション時の奇声くらいだ。
容姿に奇声が相まって、距離を置かれていたが、今の容姿で接すれば悪い噂は立たないだろう。
「じゃあ、ライバルとして名乗りをあげて行きましょうか?」
「そうしよっか」
すでに何人か勘づいてる中での元大手製薬社員という発表。
それがさらに探索者界隈に新たな波風を立てることとなった。
「今まで品質Sのポーションを作ってたのは僕です。本当はCで良かったのに、錬金欲求を高めてたらSを作っちゃってました。ごめんなさい、悪気はなかったんです。ちょっと調子に乗ってしまって」
と配信内で謝罪したためである。
その上で、錬金中の奇声が問題となって自主退社を勧められた事を洗いざらい暴露した。
配信後、大手製薬に品質管理チェックをしていないのかと確認の電話が相次いだのはニュースで知った。無事炎上したようである。
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