第15話〝槍込聖〟は視野が広がる

「先輩、最近すっかり体格が変わりましたね」

「え、そうかな?」


朝のジョギング中、並走するヒカリちゃんから、お腹が凹んだことを報告された。無理のないポーション製作。健康面を考えた献立。全てヒカリちゃんが用意してくれたものだ。僕はそれを口に入れて、実行してるだけにすぎない。


「お洋服、買いに行きましょうか?」

「うーん、基本僕は白衣だしなぁ」


オシャレ要素は原色のインナーくらいだ。

基本ネクタイを絞めないスタイルの僕は、インナーの色でその時の気分を示す。


「そもそも、インナーがブカブカでは、作業にも支障が出ますよ? 体格の影響は違和感を生み、違和感が積もり積もって成功も遠ざかると私は思いますね」

「うーん、そこまで心配なら買いに行こうか」

「私が見繕ってあげますね! 先輩に任せると原色のTシャツばかりになりそうですし!」


え? インナーくらい安物でよくない?

スラックスだって同じ色の同じサイズを三本持ってるよ?

靴下も同様だ。片っ方無くしてもどうとでもなる。

それが僕のローテーション。

そう思っていたんだけど、連れてこられたのはブランド物のお店だった。

シャツ一着で数万円もする。普段なら絶対寄り付かない。

というか、僕なんかが入っちゃって大丈夫なの? 通報されない?


「え、ここで買うの?」

「はい。お金には余裕があるので、心配しなくて良いですよ」

「いや、そう言う問題じゃなくて……」


ニコニコ顔の店員さんの圧がすごい。貧乏人がなんのようだ? 買う金あんのかオラァン? という無言の圧がのしかかる。全部気のせいということもないだろう。僕の見た目って、お金ね持ってない人のスタイルだからさ。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きでしょうか」

「はい。実はオシャレに疎い子の方をカッコよくしていただきたくて」


しかしヒカリちゃんは違う。向こうがグイグイきても、グイグイ聞き返すことができる。場慣れ? それって場慣れなの? カッコいい!


「ご予算の方はおいくらでしょうか?」

「1500万までなら自由で」


え? そんなに使っちゃって良いの?

稼いだとはいえ、ポーションの素材費用だってあるよね?

手間賃とかはどうでもいいけど、会社の経営としては失策じゃない?

そこのところはどうなのさ、ヒカリちゃん!


「なら、ご提案したい商品がございます。こちらへどうぞ」

「ほら、先輩。行きましょう」

「お、おい。押すなって」


そこから先は着せ替え人形のごとく。


無駄な肉がなくなったおかげで、どれに袖を通しても引っ掛かりなく入った。

お値段が高いだけ合って、着心地がいい。

安いブランド物のシャツのような締め付け感はなく、まるで羽衣のようだった。


流石高級ブランド品。

シャツにスーツ、スラックスを三セット。

これからは外に出る機会も多いからと夏服と冬服も買って、何故か美容室で髪を切った。


伸ばしっぱなしでボサボサの髪が、プロの手によって改造されていく。

僕のようなやぼったい顔が、みるみるイケる男になった。

信じられない、これが僕?


大塚君だってここまで若々しくない。苦労を乗り越えた顔だ。

僕の場合はまだ苦労も何も知らないベイビーフェイス。


「………! 先輩、すごく格好いいですよ! 見違えました!」

「何だか自分でも変な感じだな」


ニコニコの美容師さんとヒカリちゃんに絶賛され、僕もまだ捨てたもんじゃないと図に乗った。


「あとは体型の維持ですね! もっとジョギング頑張りましょう」

「そうだね。もう昔には戻りたくないな」


あの当時、自分の自信のなさに辟易していた。

縋るものが錬金術しかなく、容姿をバカにされても錬金術さえ上達すればみんなが僕を頼ってくれると思っていた。


けど違うんだ。

自分から変わろうとしなければ、変わらないんだとヒカリちゃんと一緒に過ごして気がついた。


その後道ゆく人々に振り返られた。

まるで自分じゃないような感覚。


「今日は配信どうします?」


そんな折、夢から覚めるような現実を突きつけるヒカリちゃん。


「無理をしなくてもいい。そう言ったのは君だよ? 一日くらい休んだって罰は当たらないさ」

「そうですね、今日はこのままランチも行っちゃいましょう」


ヒカリちゃんは僕に合わせてくれたのか、居心地の悪い女性客多めの喫茶店やレストランは選ばず、ラーメン屋に入った。

本当だったら僕がリードしてあげなきゃいけないんだけどな。


あとでデートコースでも頭に入れておこう。

よもや30を超えてから、こんなふうにポーション以外の事で頭を悩ませるとは思わなかった。


すっかりお腹いっぱいになり、帰宅。

ブランド物のスーツを着てのラーメン屋。当然匂いがついた。

背油と煮干し、豚骨の匂いだ。


「これ、クリーニングで匂い取れるかな?」

「ダメになったら買い替えましょう。お金に余裕ならありますし」

「今日のヒカリちゃんはイケイケだね。何かいいことあった?」

「先輩がカッコ良かったので、ちょっとはしゃいじゃいました」


これ以上ない褒め言葉だな。失望させないようにしなきゃ。


「どういたしまして。少しはヒカリちゃんと釣り合いが取れたかな?」

「私も負けられないなって思ったくらいです」

「それは流石に褒めすぎじゃない?」

「お洋服を変えたときまでは、そこまででもなかったんですけど……」

「じゃあカットしてから?」

「心臓が爆発しそうでした」


顔を真っ赤にして俯いた。

そこまで? 

ともあれだ、容姿を褒められるのは嬉しいと気づく。


大塚君もこんな風景を見ていたのかな?

だとしたら容姿に気を付けていた理由がわかる。

僕も、ちょっとくらいオシャレに気をつけようと思った。


明日からのジョギングはもう少し距離を伸ばそうか。

今日買った服がお腹がきつくて入らなくなったって言ったら、ヒカリちゃんを失望させちゃうし。

それはちょっと、男としてダサいしね?


翌日はランニングと食事制限にいつも以上に力を入れた。

一度あげた生活水準は下げられないとよく聞くが、確かにこれは下げられない不思議な魅力があった。


何と言っても錬金術以外でヒカリちゃんが笑ってくれる。

昔から可愛い女の子。

今僕にできることは何か? 考えるまでもない。


「あ、また品質Aでした。ショック〜」

「混ぜる速度をゆっくり目にしてみようか。僕は慣れた物だけど、ヒカリちゃんの混ぜ方は気持ち早い気がする。早すぎると気泡が立つし、その分濁りやすいんだ」

「それを誤差と言ってる内は成長しないってことですよね?」

「どうかな? 僕は僕のやり方で品質Sの道を見つけたけど、これだけが正解ってわけでもないだろう。君は君のやり方で正解に辿り着けばいい」

「はい。先輩にそう言っていただけると自信が湧きます」

「そう?」


錬金中、今まで僕は自分のことに夢中だった。

こうしてヒカリちゃんの錬金をじっくり見ることもなかったんだなって気がついた。


視野が狭くなっていたんだ。

自分さえ良ければいい。

そんな僕が、容姿を気にするうちに周囲からの視線に気がついた。

ヒカリちゃんはよく僕の錬金をじっと見る時がある。


今までの雑談も、ほとんど彼女からの問いかけだった。

それに僕が答えている。

そんな一方通行な会話。


でも今日は僕から尋ねた。

ヒカリちゃんは驚いた顔。

そして自分の意見を答えて、僕は自分なりのアドバイスをした。


今までは彼女にばかり気を遣わせていた生活。

今日からは、僕も呼びかける活動に参加しようと思った。


ただ容姿が変わっただけで、世界はこんなに光り輝いて見えるんだって気づかされた。

それに気づかせてくれた彼女に、僕は精一杯の感謝を与えてあげたい。


いい加減ヒモからも脱却したいしね。

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