第12話〝望月ヒカリ〟はほくそ笑む

思ったよりも早く、契約の電話が舞い込んだ。

どうやら最近起きたダンジョンブレイクにより、大手製薬の信用が失墜したらしい。


先輩を勧誘してから一ヶ月。

まさかこんなに早く復讐の機会が舞い込むとは思っても居なかった。


本当なら先輩がもうちょっとほっそりしてからデビューするつもりだったのに。

しかし食べていく為だ。背に腹は変えられないか。


まだ本契約を結んでないので使用試験みたいなところか。

それでも週に500は舐めすぎだ。

もちろん個人経営という経営状態に疑問を持つのもわかる。


私だって流石に先輩抜きでその量を回せるとは思ってないし。

それでも、錬金術大好きな先輩の息抜きに通常ノルマは与えたい。


ここ最近は配信ばかりだったので、それ以外の収入が欲しいとは先輩も願っていたみたいだから。


「週500でいいの? コストは?」

「一本当たり3000円を見ています」

「正気?」


この正気とは、そんなに高くて売れるのか? という意味。

一本当たりのコストは3000。希望小売価格は8000円。

ポーション一本に大袈裟かと思うが、命を預けるのならこれぐらい高くても手に入れたいだろうという足元価格。

案の定買い叩かれるが、それも見越しての強気設定でもある。

流石にコストを割るのはごめん被りたいが、5000円までは譲歩可能とした。


大手製薬では一本当たりの希望小売価格は2000円だが、制作コストは一本800円以下で納めなくてはならない決まりがあった。

普通ならコストを下げると同時に品質も下がる。

出来上がるのはせいぜいが品質C程度だろう。

会社側もそれでいいとしてる。

しかし先輩はそんな無理強いに真っ向から挑戦して、成功させてしまった。


ポーションは単価2000円だが、エクスポーションは10万円と高価である。

しかしその差は50倍。本数で言えばエクスポーション一本の原料で50本以上賄えば、お釣りが来る計算だ。

さらに先輩はその分母を増やした。

そこで思いついたのが上位融合による複製。


基本的にお祈りと呼ばれる作業を乗り越える前提であるが、先輩はストックを多めに持つことで失敗のリスクを減らしていた。


最終的に週のコスト50万円で4000万相当の売り上げを出していたのが先輩なのだ。


正直言って頭おかしい! 錬金術師って夢のあるお仕事なんですね、って額面上に捉える人が出てくるだろうが先に言っておく。


はっきり言ってそんなことができるのはこの世で先輩だけだ。

私はできない、以上!


「でも一個3000円なら、裏技使わなくてもいいね」

「あれを使うのは、見ているこっちが不安になるのでくれぐれもおやめくださいね? 先輩のポーションは本来なら薄利多売されていいものではないですから」

「やっぱり心配させちゃってた? ごめんね」

「そんな事ないですよ。ちょっと引くわーってぐらいです」

「もう一生使わないようにする」

「お願いします」


ニコニコお返事をしたらニコニコされた。

和む。


先輩は当時と変わらずマイペースだ。

ペース配分が一般人と違うのは時すでに遅しだが、それでいいのだ。

私たちに合わせる必要なんてない。

先輩は先輩のままでいてほしい。

それが私の願いである。


「あれ、封入する瓶は既製のものじゃないんだ?」

「ヤリコミ神社ブランドですからね。見てわかるようにしないと」

「そっか。その瓶も特許取るの?」

「真似されても困りますし、後は他にも仕掛けがしてあります」

「仕掛けというと?」

「瓶を振ると品質が分かります」

「あー、時間経過で品質って下がるもんね」

「はい。このギミックは真似しようとしてもできませんよ」

「でもその部分は売り込まない?」

「模倣されても困りますから」

「模倣されるかな?」

「阿漕な商売なんてこの世に星の数ほどありますからね」

「そっか」

「そうです」


まだ何か言いたそうな先輩の話を遮り、私の出来上がったポーションを封入する。

A判定が出る。先輩は当然のようにS判定を出す。ぐぬぬ。

追いつけるわけないと知っていながらも、追いかけたくなるその背中。

私は果たしてその背に追いつくことができるのだろうか?


ポーション制作はジョギングを終えて朝食を終えた後に始まる。

今迄は配信準備に追われていたけど、今ではその束の間時間に雑談を加えながらポーション制作に励む。


作りながらコツを聞いて、先輩をちょっと知れた気がした。


配信中に、ポーション製作売り込みの告知を挟む。

瓶の形状、割高の価格。

それでもいい人向けに個人販売も受け付けた。


週500本でも立派なビジネスだが、先輩の製作速度が異様に早くて手持ち無沙汰になってしまうのを懸念しての追加発注だ。


もちろん制限はかけるけど、私だってレベルアップしてる。

先輩ほどの早さはないが、大手製薬のスタッフに負けないくらいの速度はあるはずだ……結局入社しても作らせてはもらえなかったけど、多分勝てる筈。


コメントでは値段が高すぎる指摘があった。

大手製薬価格にみんな慣れすぎてるが、あのコストであの量を作れるのは先輩だけだ。

大手製薬だって本来の品質に戻っただけなのに、あれほどのクレームを受けた。

受けた側はきっと意味がわからないだろう。


先輩はそれほどまでに非常識だった。

なんでノルマの全てを品質Sで揃えようと思ったのか、ちょっと意味わかんない。でもそのこだわりが先輩のいいところだと思えば、しっくり来た。


今までは見逃されてきたその実力を、私が引き出してあげるんだ。

この会社と配信で。


後になってから手のひらを返してももう遅いぞ?

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