第13話〝溺杉秀慧〟は半生を振り返る

若くしてSランク探索者になったからと、周囲から嫉妬の視線を送られていた僕だったが、それが文字通りの意味で天狗の鼻だった事を痛感したのはつい先日起きた新宿ダンジョン災害がきっかけだった。


ずっとそのポーションが日常にあったからこその違和感。

そのポーションが異様なことを棚に上げて、品質が落ちたポーションに当たり散らした。

なんであんな事をしたのか、冷静な今の状況なら理解できる。


今思えば、あんなものを手にしたお陰で僕たちは分不相応に英雄の道を歩んでしまったんだと思う。


飲めばたちまちに瀕死から復帰できて、かければ欠損回復、布に含ませて傷口に当てれば状態異常すら緩和した。

万能薬と言って差し支えないそれを、ただのポーションだからと安価で扱っていたのが間違いの始まりだった。


それをよもや品質が下がる事で自分がいかに愚か者であるかを目の当たりにするとは思っても見なかった。


仲間の治療は保険が適用されずに高額になった。

それは今迄ポーションがあったから保険に入らずにいたことによる自業自得。

Sランクだからこそ払えたが、もしこれが駆け出しの頃だったら払えていたかどうかもわからない。


「秀慧さん」

「アキ、意識は?」

「少し目の前がクラクラしますが……ハッ、ミノタウロスは?!」


思い出したかのように上体を起こし、臨戦態勢を取ろうとする部下に、もう終わったんだと言い聞かせるのがここ最近の僕の勤めだ。


「もう終わったんだよ、アキ」

「秀慧さんが片付けてくれたんですか?」

「ああ、もう安心だ」


本当は別の探索者のお陰だが、彼女は僕に信頼を置いている。

僕が倒したと言っておけば安心するが、それよりも……


「彼女はまた興奮状態になってしまったのかね?」

「ええ」


見回りの担当医師が声をかけてくる。

彼女だけではない、他のパーティメンバーも、異常回復力のポーションの中毒症状を起こしており、起き上がるなり戦闘体制を取ろうとした。


医者はその異様さを危険視しており、Sランク探索者とは、皆こうなのかと頭を抱えていた。


普通は違う。けど、それを実行していた自覚はある。

飲めばどんな疲労もポンと抜けて、気分が爽快になり、力が湧き上がる。

一種の興奮剤にも似た効果を併せ持つ。

そんなポーションが身近にあった。


周回コストを下げたら、後は狩るだけだ。

若さゆえの過ちを今思い返すだけで苦笑する。


Sランクだから?

実力があるから?

周囲から嫉妬され、そして実力を持ってねじ伏せてきた?


いいや、違う。全然違う。

僕たちはあのポーションのような何かに取り憑かれていたんだ。

あのポーションの効能を一般的だと勘違いしてしまった。


普通ならありえない。

あの効能なら、もっと高額な筈だ。

しかし単価が1000円で手に入るなら?

あればあるだけ買った。


それが当たり前になっていた。

僕以外の探索者もそうだ。

早い者勝ちで、手に入れた人から成り上がった。


成り上がる道は、ポーションを持つかどうかで決まった。

僕の世代にSランク探索者が異様に多いのはそういう意味もある。


黄金世代、だなんて呼ばれて浮かれていたこともあった。

それは違うとは今ならわかる。

今後は腰を落ち着けて己の身の丈にあったクエストをこなそうと思う。


「仲間を、お願いします」

「元気になれば放り出すがな。探索者なんて体が資本だろう? 今迄管理する人物はいなかったのか?」

「耳の痛い言葉です」


世間での評価は、主に若くして出世したことへの嫉妬。

だからこそ未熟で、お粗末さが目立つと言われてきた。


特に探索者が医者に罹るのは珍しい。

ポーションにばかり頼りきりで、本当に困った時にしか病院に顔を出さないからである。


なので医者からは探索者、それもSランクというだけで嫌われた。

金払いの良さでだけ、快く思われてるが、言われなくても長い間世話になることは無いと自分も思っていた。


「ランクを見直したい? どうした急に」


所属組合の支部長に掛け合うと、頭でも打ったか? という顔をされた。

今の今まで無知蒙昧さを振り撒いていたのに、急に守りに入れば何かあったと思うに違いない。

実際にあったのだ。


「己の力不足を、痛感しました」

「黄金世代の筆頭が何を言っている。メンバーには言ったのか?」

「退院後、一度話し合ってみるつもりです」

「独断かよ。つーことは自覚したか? 今までうちで取り扱ってたポーションが異常だったって事に」

「支部長も気づいてましたか?」

「ああ、大手製薬では品質Sポーションを卸していた自覚がなく、もしずっとSだったとしたら大損失だと言っていた。知ってて我が社を嵌めたと訴えてやるともな」

「そんな事があるんですか?」


経営者が販売してる商品の品質を碌に調べないことがあるのか?

そんな非常識な事、ありえない。


「あったんだよ。そっちの杜撰な管理を卸先の責任みたいに言われても困るって突っぱねてやったぜ。そんで取引は中止した。そしてつなぎで新しく契約した製薬会社があるんだが、笑っちゃうくらい足元見てくるんだぜ、一本幾らか知りたいか?」

「たかがポーションでしょう? 3000円は超えないんじゃ?」


他のメーカーでも高くたって3000円を下回る。

だが支部長は、疲れ切ったような声でこう言った。


「8000円だってよ」

「ぼったくりだ!」

「言いたいことはわかるよ。だが最後まで聞け、品質A以上保証だ」

「Cですらない?」

「運がいいときゃ品質Sが混ざるって話だ」

「つまり、俺たちが当たり前のように使ってたポーションは、本来ならそれくらいの価格で取引されているってことですか?」

「そうらしい」

「馬鹿みたいですね」

「本当にな」


ハイポーションの品質Cより高いとかイカれてる。

そう思うが、実際あれほどの効果があるとわかっているなら、僕たちは買うのをやめられない。


「支部長」

「なんだ?」

「やっぱりランクの見直しの件、取り消していいですか?」

「これを知ったらそう言うと思ったよ。だが残念なことにこいつは毎週500本しか入ってこない。うちも予算が厳しくてな。なんせ今までの取扱額の8倍だ」

「でしょうね。だから予約したいです。10本分、なんとかなりませんか?」

「そいつを許したらまたお前らに嫉妬が飛ぶがいいのか?」

「それを含めてのSランクです。本数の少なさについてはメンバーと話し合います」

「わかった。どうせ今まで通りになんて誰も買えないしな」

「そうでしょうね」


日常品から、一気に高級品にまで値が釣り上がった。

たかがポーションが。

とは言うまい。


「世界がこのポーションの値段を見誤っていたんでしょうか?」

「見誤ってたのは作り上げていたやつの本質らしいぞ? どうもその作り手、最近大手製薬唐クビになったらしい」

「高級品の製作者をクビにするなんて上司は無能ですか?」


自分のことを棚に上げて言う。

自分たちだって散々それに依存していただろうに、口を突いて出るのは相手の悪口ばかりだ。


「俺たちも実際にそれがその値段だったら買ってたか、って事だよ。ノルマは品質Cでよかったのに、そいつが勝手にSを作ったそうだ」

「頭おかしいんですか? その人」

「おいおい探索者だって頭おかしい奴らの巣窟だぜ?」


支部長に言われて、妙に納得する。

上昇志向が高いのだろう。そう言われたら納得するしかなかった。


その後支部長の言葉に耳を傾けた。

今はまだポーションだけだが、おいおい別のポーションも仕入れる予定だと。

お前もうかうかしてられないぜ? 第二、第三の黄金世代の到来に震えろと言われて、それを鼻で笑った。

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