第11話〝郷田武志〟は契約を改める

ここ最近、大手製薬の卸してくるポーションの質が落ちた。

それは納入担当からの報告と、実際に使った探索者からのクレームで判明している。


俺がこのダンジョン組合・原宿支部に配属されて6年になるが、こんな事は今まで一度もなかった。

あの会社で何かが起きている?

ここで契約を切るか否か。その瀬戸際に立たされていた。


「支部長、ダンジョンイレギュラーです!」

「またか」


ノックもせずに強引に開け放たれた扉の向こうでは、血相を変えた秘書、水本静香が入室してくる。


以前までもダンジョンイレギュラーは起きていた。

しかしそれを鎮圧できていた事実が、ここ数日どうにもおかしい。


おかしいのは、今まで当たり前のように回復できていた傷の治りが遅いことと、度を越えたポーションの回復力に探索者の全員が当たり前に接していたことにある。


普通に考えれば品質Sのポーションが出回ることの方がおかしいのだが、ただ品質が下がっただけでこうも劣勢に追いやられるか? という疑問もあった。


「現場は?」

「新宿西ダンジョン、中層です」

「相手は?」

「ミノタウロスとの報告が入ってます!」

「Aランクじゃないか! そりゃEには荷が重い。俺が行く、出かけてる時の受け答えは頼む」

「ご武運を」


秘書に見送られ、品質の落ちたポーションセットをお供に現場へと急行した。


「お前も来たか、郷田」

「穂根川さん、あなたも来られたのですか!」


穂根川洲音緒。若くして渋谷ダンジョン組合の支部長を務め上げる才女だ。

一括りにまとめ上げられたポニーテール。それ以外は可愛さのかけらもない真っ黒なボディスーツが叩き上げの雰囲気を纏わせる。顔の良さとは裏腹に、戦闘民族特有の気配を纏わせていた。戦いたくてうずうずしてるのだろう。


現場を引退してからもう数年経つか。いまだ全盛期の衰えを知らない生粋の化け物。それを彼女の残した伝説が物語っている。


「被害者は」

「Dランクの野火、それとお前の妹だ」

「ジャイコ……」


俺の両親は日系ブラジル人。父親の血を色濃く受け継いだ為、日本人らしくない名前をつけられた。もちろん俺にも別名義がある。


「仇討ちくらいはさせてやる。今Sランクの溺杉が先行したが……」

「それじゃあ仇は取れそうもありませんね」

「そうでもないようだぞ?」


指差した先、負傷した仲間を背負った溺杉が現れた。

どうやら様子がおかしい。若くしてSまで駆け上がった溺杉が今更Aランクに負けるなんて……


「溺杉隊員、報告を!」

「ミノタウロスが、もう一匹いました。番です!」

「良かったな郷田、お前の仇は元気なようだぞ?」

「ですが穂根川支部長、番となるとランクも相当変わってくるのでは?」


単独でAランクの相手が二匹。

図体のデカさも相まってコンビネーションを仕掛けてくる時点でSランク相当だ。元Aランクの俺が出る幕はない。

ポーションの品質がSだとしても、太刀打ちできないだろう。


「問題ない! 一匹は私がもらうぞ!」


べろり、と舌舐めずりをし、戦場へと飛び込んでいく穂根川支部長。

俺はどうにも様子がおかしい事を感じつつ、どうして溺杉が敗退したのかを探ることにした。


その理由は、探索者側からのクレーム内容そのものだった。

ポーションの品質が落ちた。

いざという時に使えないポーションに意味はない。

体勢を整える間もなく追撃された。

戦線が崩れて敗退する事になった。


もし持って行ったのがいつものポーションならこうはならなかった。


それはただの言い訳だ。

最初はそう思った。


急に先行した穂根川支部長のことが気になりかけ出す。

どうか無事でいてくれ。

そんな願いを嘲笑う如く、横合いから繰り出された一撃で俺は昏倒した。

意識を刈り取る一撃を受けて、俺はなすすべもなく意識を手放す。


その日、新宿ダンジョンで大規模な災害が起きた。

十数年守られてきた人類の守護を、初めて破られた瞬間だった。

400人もの死傷者と数万人の行方不明者を出したその事件を、ダンジョン組合は重く受け止めた。


真っ先に執り行ったのはクレームの出ていたポーション類の品質低下による大手製薬との取引停止だった。

もしもいつも通り品質Sのポーションだったら、というたらればが持ち出されるほど、怒りのぶつけ場所を求めていたのかもしれない。


二週間後、右腕を失った郷田武志が現場に復帰すると、すぐさま電話対応に追われた。

そのうちの一つが契約を打ち切った大手製薬からのものだった。


一体誰のせいでこんな事になったと思ってる!

自分の不甲斐なさを棚に上げても、事態の原因を作った事実も認めないで、また契約してくれとはあまりにも虫が良すぎた。


「水本君、大手製薬からの電話はもう取り継がないでくれ」

「宜しいのですか? 今まで我々を支えてくれたバッグボーンの一つですが」

「過去の栄光に縋ってばかりでは俺たちはおまんまの食い上げだ。背中を預ける相手はよく考えて決めなくてはな」

「わかりました。着信拒否をさせて頂きます。しかし急な契約打ち切り、他に代替え案はあるのですか?」


水本君の心配も尤もだ。品質が落ちたとはいえ、ポーションはポーション。

あるのとないのとでは安心感が違う。


「そういえば今朝、ポストにこんなものが入ってました」

「ヤリコミ神社? なんだこれは。宗教勧誘なら受け付けてないぞ?」


一枚のビラを流し読み その胡散臭さに俺は眉を顰めた。


「なんでも、錬金術師系Vチューバーとしてデビューした傍でポーションの販売を行なってる個人経営の会社らしいです」

「個人だと? ますます話にならないじゃないか。こっちは命を賭けてるんだぞ? 必要な時に足りないのでは……って、一口2000個から? 品質はAが最低保証? 一体どんなカラクリだ?」

「なんでも凄腕の錬金術師を雇用してるとかで、ご本人もそれなりに高いスペックを要しているとか。次の契約会社が見つかるまでの繋ぎにでもいかがですか?」


繋ぎか。背後に何が控えているのかわかったもんじゃないが、ここは水本君を信じよう。


「電話を繋いでくれ。交渉する」


よもやその企業と、数年来の付き合いになるとはこの時の俺は思いもしなかった。

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