第9話〝峰藤乃〟は全てを察する

ここ最近、主任の様子がおかしい。

日本で二番目に熟練度が高いと自他ともに認める錬金術師で、大手製薬の看板研究者だった。


発表するレシピはどれも斬新で、すぐに錬金術師界隈で一躍有名人になった。

少しばかり女癖が露骨に過ぎるが、実際に甘いマスクに鍛え抜かれた体に夢中にならない女子はいない。


私もちょっといいなと思っていたのも事実だ。


しかしここ最近自分のことを棚に上げて怒鳴ってばかりいる気がする。

本当にこの人が、皆の憧れの存在なのか?

人違いであって欲しいと何度思ったか。


信じてついてきたスタッフに当たり散らす様はあまり見ていて気の良いものじゃない。


タンブラーにココアをスプーンで掬い入れ、給湯器から湯を注ぐ。

研究室と言っても、昔の地下室のような実験室はない。

錬金術はダンジョンが登場した時に取得するジョブによって得られるものだ。


専用の器具は必要ない。

ただ熟練度に応じて様変わりするスキルを使用するだけだ。


「峰主任代理、中間素材出来上がりました」

「ありがとう、そこに置いておいてくれる?」


本当の主任は朝から見かけない。先週までは自らやっていたのに、一度ノルマが間に合わなかったら水曜日以降は理由をつけて顔を出さなくなった。

今は私がエクスポーション部署の主任代理。


本当の主任になれる力なんてありはしないのに。

ただ熟練度が他のスタッフよりマシだと言うだけでこの地位についていた。


「あ、この配信。主任代理も聞いてたんですか?」


スタッフの子も、錬金術系Vtuberを聞き齧っているようだ。

ココアで嫌な気分を押し流し、気分転換にイヤホンをさす。


「ええ。息抜きにポーションを作ると、今自分がどの位置にいるのかわかるのよね」

「錬金術はポーションに始まり、ポーションに終わるでしたっけ?」

「そうよ。製作難易度1だからとバカにしてはダメ。品質Sを作れるようになってから一人前って聞いてハッとしたわ。私達は今までそのようにポーションに向き合えていたかしらって?」

「ずっと熟練度を上げることばかり考えていた気がします」

「そうよね、大塚主任がそう言う考えの方だったから。私達はそこに何の疑問も抱かなかったわ」


手の中で素材が浮き上がる。

薬品が混ざり合い、合成物が用意された瓶の中に入り込んで蓋が閉まる。

瓶はセットしておけば勝手に注がれる設定だ。


作り上げた瓶を振って、透明度をみた。

引き出しから品質鑑定グラスを取り出した掛けた。


「品質B、まだまだね」

「弊社では十分合格ラインですよ!」

「私の熟練度でようやく合格の時点でダメじゃない」

「あ、そうですね」


私の熟練度は75。それがポーション製作部署のスタッフに求められるとかどんな冗談だ。


「ですが前までは弊社のポーションは品質Sを誇っていて、それこそ探索者業界では品質の大手と言われてたらしいですが」

「その担当者は?」

「クビになったと」

「クビに? そんな凄腕をクビにするなんてうちの人事部は見る目がないの?」


疑問が浮かび上がる。

噂好きのスタッフは、言葉に窮した。


「その、性格に問題があるようで……女性スタッフからの苦情が多く、同期の研究員も擁護できないと頭を抱えていたようでして」

「その同期というのは?」

「うちの主任の大塚さんです。他にもハイポーション担当の富野さん、万能薬担当の鷹取さん」

「全員エリートじゃない! なのにその人だけずっとポーション部署に在籍していたっていうの?」


噂好きのスタッフは、去り際にこんな情報を流してくれた。

その担当者の評判が地に落ちたのは、大塚主任が出世した時期と一致する、と。

そんな偶然があるのだろうか?


けど噂は噂。

でももしそれが本当だとすれば、大塚主任の慌てぶり理解できる。

そのポーション部署の主任こそが大塚主任の命綱だった。


どんな理由で退社させられたのか、調べてみる必要がありそうだ。


そして情報は簡単に手に入った。

ポーション製作部署の主任は槍込聖。

どこかで聞いたことのある名前のような気がした。


どこで?

まるで思い出せない。


そしてもう一人、同じタイミングで退社したのは広報部の望月ヒカリ。

一身上の都合により退職。

年齢的に寿退社だろうか?

これは特に問題ない気がした。


やっぱり噂は噂でしかないのか?

そんなふうに気持ちを落ち着けて、例の配信に耳を傾けると、正気を疑うような情報が耳に入った。


「は?」


声に出た言葉と同様に同じコメントを打ち込む。

私以外の他のリスナーも同様だ。

理解が追いつかずに、


どういうこと?

エリクシール薬を作った!?

それよりも何よりも、熟練度240!?


何でそんな人が在野に?

もしフリーだったらウチで引き取らないと!

そんな気でいた私にその相手の名前がスッと入ってくる。


ヤリコミノミコト。

そして封印前の子グマがひじり君。


「……あぁあああああ!!」


点と点が一つになった。

そうだ、やっぱり槍込聖こそがヤリコミノミコト!


どうにかして帰ってきてくれまいか?

いや、それは難しいか。何せ会社の都合で一方的にクビを切られたのだ。

歓迎すると言われて、その手腕を振るうか?

また搾取されるのが目に見える。

大塚主任がすぐに過去をもみ消すだろう。


それだったら、まだみて見ぬふりをする方がマシだった。

この配信を聞いてから、頭痛の種だった錬金術が楽しくなっているのは本当なのだから。


まだまだ熟練度は足りないけど、少しずつ腕が上達していくのは楽しい。

社員として会社に損害を出すのは本当はダメだけど、最終的に元を取れば良いかなと思った。


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