第4話〝槍込聖〟は契約書にサインする

あれ、ここは……?

薄ぼんやりとした視界の先へ手を伸ばすと、見慣れない天井があった。

清潔そうなカーテンの隙間から入ってきた風が頬を撫でる。


「あ、目が覚めました? 先輩」


そのカーテンが開けられて、見知った顔が映った。


「ヒカリちゃん? どうして君がここに」


彼女は望月ヒカリ。

我が社の広告塔であり、顔。

そして僕の大学時代の後輩でもあった。

初めて出会った頃はムッと暗めの子だったけど、今や随分と垢抜けた。

その日からなぜか僕に付き纏っていて、もっと他にいい人いるのにって思うんだけど。大塚くんとか勧めるとすごく嫌な顔するんだよね。まぁ彼は既婚者だけど。


「覚えてませんか? 先輩、研究室で頭から血を流して倒れてらしたんですよ?」

「え!?」


そんなことがあったなんて!

全く知らなかった。


「ここに運び込まれる前、何をしてたかは思い出せます?」

「あれは確か……そうだね」


鈍痛に痛む頭を抑えつつ、当時……

確か6時間でノルマを終えて、あげっぱなしのテンションで製作難易度200のエリクシールで見たことのない反応が出て……そこでちょうどテンションを上げる薬品の効果が同時に切れて、副作用が同時に襲ってきたんだったな。


ふらついた頭で研究成果を手にしようとして、それを床に落として僕も倒れた。

エリクシールの薬液は赤かったし、それを僕の血と勘違いされたのかな?


まぁ素材に僕の血が大量に使われてるから、僕の血と言っても過言ではないが。


「そう言えば、その僕の血は?」

「床にべったり張り付いてましたし、今頃お掃除され尽くしてピカピカになってることだと思います」

「うわあ」


勿体無い、と言う言葉は続かなかった。


「あれ? 僕何日寝てた?」

「三日ですね」

「三日も!? やばいよ、製作ノルマが! ウチの部署、僕一人しかいないのに! 今すぐとりかからないと!」


今週のノルマは終わっているが、来週の分はまだだ。

後輩はオーバーワークがすぎると僕を咎めるが、僕にしたら無駄なことにも意味があると考える。


人間は追い詰められた時こそ、成長の機会があるのだ。

僕はそうやって錬金術の熟練度を高めてきた。

それらが世間では持て囃される事はなかったけど、承認欲求は常に満たされた。


それに僕から錬金術をとったらどうなる!?

大塚君は僕をポーションを作る以外は無能と言ったが、それは自覚していた。


しかし僕を引き止めたのは同じ会社に勤めているはずの後輩だった。


「大丈夫ですよ、先輩。別に先輩が居なくてもポーションは誰でも作れます。先輩じゃなくてもいいんです」


すっごい笑顔で言われた。それを言われたら弱い。

そしてそれを言われると言うことは、会社に僕の椅子はないことを意味していた。


「まさか僕、クビ?」

「人事部から自主退職する様に書類が回ってきたので、私がサインしときました」

「ちょ、何してくれるの! せっかく雇用してもらえたのに!」


慌てふためく僕に、ヒカリちゃんはニコニコしたままだ。


「実はですね、私独立しようと思ってたんです」

「お、おめでとう? でも僕がクビになってるのとどう言う関係があるの?」

「それはですね、独立の際に先輩を誘おうと思ってまして。でも先輩の立場はなかなかヘッドハンティングするには厳しい立場でした」


そりゃ、ポーション製作部署の主任なんて会社では窓際もいいところだもんね。

そんな相手を引き抜くとか言われたって、見る目を疑われるだろう。


「なので会社の方から先輩をフリーにしてくれたチャンス、見逃す手はありません。大丈夫ですよ、資本金はあります。先輩には私の起業する会社の薬品を製作して欲しいんです」

「お、そう言うのなら得意だぞ」

「では、こちらに契約のサインをお願いします」

「え、これ本契約? 試用期間とかないの?」

「むしろ先輩クラスの錬金術師、高待遇で歓迎するのが普通です」


え、でも僕窓際だったよ?

大丈夫かなぁ。

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