第3話
夕食の支度を終えると早速、児島さんに電話した。
「りっちゃんが亡くなって間もなく引っ越してったわよ」
「どこに?」
「確か、東京の……。あ、ちょっと待ってて、年賀状があったから」
児島さんから聞いた住所は、偶然にも私が住んでいる区と同じだった。
「事件があった時、ご両親はどこに行ってたんですか?」
「お母さんは、病弱な母親の看病に実家に帰ってて、お父さんは確か、河原に散歩に行っていたとか――」
「河原を散歩していたのは証明されたんですか?」
「ええ。散歩してるのを目撃した人が何人かいたらしいから。30前の若いお父さんで、近所でも評判の美男子だったわ。ま、再婚だけどね――」
「再婚て、継父と言うことですか?」
「そう。りっちゃんのホントのお父さんは、りっちゃんが生まれてすぐに仕事の事故で亡くなってね」
(……実のお父さんじゃなかったんだ)
私はこの時、継父が犯人だと直感した。
それは単なる直感に過ぎないが、しかし、理に適った直感でもあった。
なぜなら、あの、竹藪とせせらぎの写真を撮った時に知ったのだが、河原から【この先行き止まり】の看板までは、坂道を使うと結構な時間がかかったが、浅い川を渡って竹藪を抜ければ5分とはかからない。つまり、殺してすぐに竹藪を抜けて川を渡れば、死亡推定時刻に河原にいることができる。
だから、仮に散歩している義父を目撃した人がいたとしても、完璧なアリバイにはならない。
翌日、児島さんから聞いた住所を頼りに引っ越し先に行ってみた。
そこにあったのは、二階建ての古い木造アパートだった。
一階に設けられた錆び付いた郵便受けを見ると、101号に〈戸田〉の表札があった。
(間違いない。このアパートに住んでる)
見張る場所を確保すると、
が、アパートに出入りする者は一人としていなかった。
(継父だ!)
私は直感した。あれから40年。継父は70近くになっているはずだ。
杖の音を立てている老爺の後を間隔を置いて尾行した。
少し猫背だが、背筋をピンと伸ばせばかなりの長身だろう。
老爺の杖の音が止んだのは、公園の芝生に足を踏み入れた時だった。
老爺は、木陰になったベンチに腰を下ろすと、砂場で遊ぶ児童に顔を向けた。
老爺をチラッと見てみたが、その横顔はどことなく憂いを帯びていて、美男子であっただろう若い頃の面影があった。
(さて、どうしよう……。直接話を聞くわけにもいかないし、りっちゃんのお母さんに会ってみるか)
アパートに戻ると、101号室のドアをノックした。
だが、応答がなかったので、隣に聞いてみることにした。
2回のノックの後に、女の声で返事があった。
「あ、すいません。隣の戸田さんを訪ねてきた者ですが」
訪問者が女だったので安心したのか、用件を言う前にドアが開いた。
顔を覗かせた女は、ふっくらした老婆だった。
「突然にすみません。隣の戸田さん、ノックしたんですが、留守みたいで。戸田さんの奥さんはどちらに」
「奥さん? 戸田さんは一人暮らしですよ」
「えっ! 離婚したんですか?」
「いえ。亡くなられたみたいですよ。もう、何年も前に。私がここに来る前だから」
(……りっちゃんのお母さんは亡くなっていたのか)
「……そうですか。昔、近所に住んでて、可愛がってもらったものだから、お礼を兼ねて挨拶に伺ってみたのですが」
「そうだったんですか。折角、訪ねてきたのにね」
「戸田さんはどちらに?」
「この時間は近くの公園を散歩してます。あ、そうだ。ここだけの話ですが、戸田さん、病気みたいなんですよ。夜中に咳がひどくてね。病院に行くように言ってるんですが、聞く耳を持たなくて……」
……継父は病気なのか。……待てよ。りっちゃんは犯人を捕まえてほしかったのではなく、継父の病気を治してあげたかったのではないだろうか。犯行時、仮に継父の想いが歪んだ形で現れたとしても、それまでの継父は愛情を持ってりっちゃんを育てたはずだ。だから、そんな継父との生活は、りっちゃんにとって幸せな日々だったに違いない。
私は翌日、101号の郵便受けに手紙を
その後、何度か継父を見張ったが、案の定、病院通いをしていた。
それはつまり、りっちゃんを殺した犯人であることを自白したも同然だった。
〈私は、40年前のあなたの罪を知っています。通報してほしくなければ、病院に行って病を治してください。空の上からいつも見ています〉
それが、私が書いた手紙の内容だった。
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