第30話:風魔法
快適な空の旅を終えて、ヤルバリル大森林にやってくると、そこは予想以上に深い森だった。
大きく見上げるほど高い木々は、樹齢何年なんだろう……と疑問を抱くほど、幹が太い。木々が密集しているわけではないので、日の光がしっかりと届く分、不気味な雰囲気はなかった。
ここまで運んでくれたアルくんに別れを告げて、エマとシルフくんと共にヤルバリル大森林に足を踏み入れる。
すると、森の木々の香りが強く鼻をくすぐった。
空気がおいしいなーと思いながら、目的地の聖域に向かって歩き進む。
もちろん、シルフくんと約束していたこともあって、道中では魔法を教えてもらっていた。
「風魔法は、魔力を薄く研ぎ澄まして、その濃度を高めるのが基本だよ。最初のうちは力加減に気をつけてね」
魔法のことを楽しそうに話すシルフくんは、さすが風の妖精だと拍手したくなるほど、本格的な魔法講座を開いてくれる。
しっかりと魔法を使いこなしたいので、私は彼の話を真剣に聞いていた。
「耳に魔力を集めて、遠くの音を聞くように意識を飛ばせば、普段は聞こえない音も聞くことができるよ」
「へえ~、そうなんだ。とっても便利だね」
「ただし、聴覚が敏感になるから、遠くの音を聞く時は注意が必要かな。魔力操作に慣れてくれば、変な事故も起こらなくなるから、これは上級者向けだね」
興味本位でやろうとしていた身としては、魔法も万能なものではないと思い、いったん取りやめる。
耳に魔力を集める行為は、もっと魔法の扱いに慣れてからの方がいいかもしれない。
異世界で魔法を使って、鼓膜が破れて耳鼻科に通う羽目になるのは、絶対に嫌だから。
まずは身を守るためのウィンドウォールを覚えよう……と思っていると、ちゃっかり聞き耳を立て、周囲を警戒していたエマが顔を向けてくる。
「つまり、こうしてこうしてこうするとこうなり、これでこう」
挙動不審な動きをしつつ、森の奥にエマが風魔法を放つ。すると、魔物の断末魔が遠くから聞こえてきた。
おそらく耳に魔力を集めて敵の位置を察知して、魔法で攻撃しなさいってことが言いたいんだと思う。
今の行動を見る限り、エマの魔法の才能が素晴らしいのはよくわかった。
それを言語化することができれば、もっと優秀な魔法使いになれて、弟子や友達もいっぱいできただろうに。
「エマって、不器用だね」
「自分でも今のウィンドカッターは切れ味が悪いと思った」
「いや、魔法は器用だと思うけどね? 私が同じように魔法を使っても、そうはならないもん。魔物を一発で倒すほどの威力なんて――」
シルフくんが教えてくれていたこともあり、試しにウィンドカッターを使ってみた、その時だった。
想像以上に切れ味がよく、大きな木をスパンッと切り裂いてしまう。
ギギギッと音を鳴らして、切った木が倒れてこようとするものの、他の木に引っかかって途中で止まる。
危ない……と、どこか他人事の私は、大きな口を開けて木を眺めた後、こう言った。
「あれ、なんかやっちゃった? 私」
これはもう、言わないと決めていた台詞を言うしかない。口にするタイミングが来てしまったのだ。
異世界のお約束って、本当にやっちゃうもんだなーと実感している。
そのお約束の展開が起きて、身の危険を感じた二人の行動は、思っていたものと違ったが。
「胡桃、魔法は危ない。無闇に使っちゃいけない」
「ボクはちゃんと気をつけてって言ったよー」
「ごめんね。想定外のことだったんだ。今のは私が悪いよ。本当にごめん」
二人のお説教は、甘んじて受け入れよう。
人に向けて打たなかったからいい、という軽い問題ではないのだから。
さすが妖精と同じポテンシャルを秘めた力だ……と、どこか高揚する気持ちもあるけど。
「ボクが許可するまでは、森の中で魔法使うのは禁止だよ」
「はい!」
シルフくんに魔法を禁止された私は、当初の目的である異世界旅行を楽しもうと思い、大森林を堪能することにした。
ちゃんと魔法も使えるとわかり、どこか嬉しい気持ちの方が大きいんだろう。
周囲を警戒するエマと違って、まだ見ぬ聖域を楽しみにする私は、シルフくんと共にルンルン気分で歩いていた。
「今から向かう場所には、火の妖精さんが祀られているんだよね。シルフくんは面識があるの?」
「もちろん、何度も会ったことがあるよ。今から会うのは、浄化の炎で邪なものを焼き払う、ホウオウと呼ばれる火の鳥の妖精さ」
ホウオウ……か。確か、日本でも伝説的な扱いを受ける鳥のはずだよね。
世界が違うとはいえ、そんなビッグネームの妖精にお会いすることができるとなると、ちょっと緊張するなー。
「エマも会ったことがないんでしょ?」
「うん。基本的に妖精は聖域の中で暮らしてるから。祀られないはぐれ妖精もいるらしいけど、そういうところは凶悪な魔物が住み着いていて、基本的に近づけない」
「じゃあ、本当にシルフくんって、例外な妖精に分類されるんだね」
疑っているわけじゃないけど、子供っぽいシルフくんは、偉大な妖精には感じない。
どちらかといえば、親近感が湧くような身近にいる妖精さんだった。
「ボクは自由な風の妖精だからね。他の妖精たちと同じように、のんびりと生きていけないのさ」
ふっふふーん♪ と鼻歌交じりで歩くシルフくんを見て、私は彼の意見に共感する。
「なんとなくシルフくんが言いたいことはわかるかも。人型になって活き活きしてるように見えるけど、ずっと動きっぱなしだもんね」
「確かに、妙にソワソワしてる」
「もう! そういうところは見なくてもいいのー! ボクはこれでも落ち着いてるんだからね!」
どうやらエマもシルフくんに慣れてきたみたいで、最初のような緊張感は見られない。
緩い雰囲気のまま、私たちは大森林の奥へと向かっていくのだった。
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